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高森純一郎の創作小説

現代アジアをテーマに小説を書くアマチュア小説家の活動報告、作品紹介、イベント告知など。
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「青春」のお話

去る11日から12日にかけて、

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福岡の久留米から広島を経由して名古屋まで、青春18きっぷで旅行しました。ルートは、以下の通り、移動距離は800kmほどとなりました。

久留米→(久大本線)→夜明→(日田彦山線※)→小倉→(鹿児島本線)→下関→(山陽本線)→宇部→(宇部線)→新山口→(山陽本線)→岡山→(赤穂線)→姫路→(山陽本線/東海道本線)→名古屋
(※以前の九州北部豪雨の影響で、日田彦山線は一部が不通となっており、代行バスでの移動となりました)

私にとって今夏は、自分が18きっぷを使うようになってちょうど20年の節目に当たります。1999年、高校1年の夏休み、仙台~熊本を普通列車で往復して以来、何度もお世話になっている18きっぷ。3年前、文フリ札幌に合わせて北海道を18きっぷで旅行した際には、「50代、18きっぷ利用歴30年以上」という方にもお会いしたりしました。

最近は、時期によっては国内出張よりも海外渡航の方が多く、遠方への移動は飛行機利用が圧倒的に多くなっていますが、やはり、地上をローカルな目線で見つめながら移動してみると、この国のsomething attractiveに直接触れている感覚に浸ることができます。1日10時間も鈍行列車に乗っているのに「飽き」が来ないのは、おそらくこの感覚のためだろうと思っています。

来年には36歳、つまり、きっぷの名前にある「18」の2倍の年齢になる身ですが、この切符が販売される限りは、普通列車での遠距離旅行は続けることになりそうです。

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さてさて、今回、旅行の始発駅となった久留米駅では、こちらのポスターを見かけるということがありました。

そうそう、田中麗奈さん、久留米市出身なんでしたね。

1990年代後半に「なっちゃん」のCMでデビューしたことで知られる彼女ですが、当時の彼女はJR東日本のCMにも出演しており、私にとってはそちらで強く印象付けられた女優さんです。

当時の私は彼女の大ファンで、彼女がラジオ番組に出演すると、その番組をカセットテープに録音したりしていました。そして、これまたちょうど20年前となる1999年の秋に、彼女の写真集が発売されると、小遣い(※私の通っていた高校はバイト禁止でした…)を節約して「予算」を捻出し、書店に走ったりしたものです。今から振り返ってみると、やや恥ずかしく、甘酸っぱいところもある思い出ですね…。

中学生の頃から「鉄道旅行と小説の執筆が趣味」という点が全く変わっておらず、さらに言えば、今の仕事である政治学研究も、元々は小学校6年生の時に観た『映像の世紀』に影響されてのものなので、自分の中では「十代半ばだった20年前」と「三十路も半ばとなった今」の間には断絶や転換点がなく、むしろ両者は同じ連続線の上にある…という印象が強いのですが、こうして振り返ってみると…やっぱり、私にも青春と呼べる一時期があったようです。

ちなみに、田中麗奈さんについては、ちょっとした「後日談」があります。

写真集を買いに本屋へ走った「青春」の時期からは、10年ぐらい経過した頃のこと。当時私は、派遣社員として都内の某大規模小売店で働いていたのですが、ある日、その大規模小売店で田中さんの出演するステージ・イベントが開かれることになり、裏方のスタッフの一人として、田中さんを至近距離から拝見する機会がありました。勿論、仕事上での話であり、個人的感情を差し挟むことはなく(そもそも一介のスタッフに個人的感情を差し挟む余地など与えられる訳もなく)、粛々と業務をこなしました。が、仕事が終わった後、家に帰る際の足取りが何となく軽かったのは…気のせいではないでしょうね。

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通算売上1000冊の御礼、および今後の出店予定

本日、インテックス大阪で開催された関西オンリーフェスタ「オリComi Osaka」に出店いたしました。本日のイベントは、今月7日の札幌、14日の沖縄·宜野湾、21日の名古屋に続く出店であると同時に、本業の関係で今秋の文学フリマ大阪への出店を見送っていることから、今年唯一の関西地区での出店となりました。

2種類、計10冊用意した拙作は2時間半ほどで売り切れました。イラスト集やグッズの販売ブースが多いスタジオYOUさんのイベントでは、小説はCOMIC CITY以上に傍流であり、売り手としては(文学フリマがホームゲームなのに対し)アウェーゲームの感覚で出店しています。が、それでも、

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このような表紙絵すら書かれていない小説を買ってくださる方がいることに感謝しています。本日、当ブースにお立ち寄りくださった皆様、ありがとうございました。

さて、本日の関西オンリーフェスタは、「高森純一郎」として初めて出店した2011年11月の文学フリマ東京から数えて、通算59回目となる同人誌即売会への出店でした。そして、本日の即売会で持ち込み10冊が売り切れた結果、拙稿の有償販売部数は累積で1000冊を超え、1004冊となりました。

一回の出店につき10冊から30冊の拙作を売り続けること8年。この趣味をここまで続けてこられたのは、紛れもなく読者の方々のおかげです。これまで拙作を読んで下さった方々に、心からの感謝を申し上げます。特に、リピーターの方々には感謝してもしきれません。現在執筆中の、民主化前夜の台湾とアパルトヘイト時代の南アフリカを舞台とした新作、そしてその後の作品でも、引き続き、読み手の方々を激動のアジア現代史へと誘い続けていきたいと思っています。

次回の出店は、少し時間が空いて、9月22日の高松となります。先々週の沖縄、先週の名古屋と同じく、こちらも今回が初出店となる都市です。

その後は10月20日の福岡、11月17日の仙台、そして11月24日の東京を予定しています。

この間、文芸作品の即売会としてはちょこっと文芸福岡、文学フリマ大阪、およびText-Revolutionsが、また同人界隈最大のイベントである夏コミが開かれる予定となっています。海外渡航や学会との兼ね合いから、私自身はこれらのイベントには出店しませんが、いずれも盛会となるよう祈っております。

学術著作の御案内―現在の日韓関係に関連して

去る6月、所属学会の一つである北東アジア学会から刊行されている学術誌『北東アジア地域研究』の最新号に、拙稿が掲載されました。


「韓国における社会運動の政党に対する影響力―2016年ろうそく集会を事例として」『北東アジア地域研究』第25号、2019年

本稿は、2016年秋に韓国で発生した朴槿恵大統領の退陣を要求するろうそく集会(蝋燭デモ)の政治的影響力を、政党という切り口から考察したものです。

論旨としては、同年の大規模なろうそく集会が朴槿恵大統領の罷免という「成果」を勝ち得たのは、「民衆の力」などといった曖昧な要因によるものではなく、

①当時野党の有力者だった文在寅(現大統領)が、集会への賛意を表明する「同盟者」となり、大統領「退陣」という集会参加者の要求を、国会における大統領「弾劾」という具体的かつ法的拘束力ある措置に変換するのに貢献したこと、および

②次期大統領選挙をめぐって野党勢力内の競争にさらされていた文在寅が、大規模なデモの「同盟者」となることで、多くの有権者の支持を調達しようという強い動機を持っていたこと、

の2点による…と主張するものです。

朴槿恵罷免後の政治過程を見れば、文在寅の行動は物の見事に奏功したと言えるわけですが、この研究の中で私は、文在寅という人物のコミュニケーションの取り方が、いささか癖の強いものであると実感する場面が幾度もありました。そして同時に、この人物のコミュニケーションに含まれる癖が、隣国・日本の現宰相と著しく折り合いの悪いものであり、それが現下の日韓関係につながっていると強く感じました。

すなわち、文在寅は、2012年の大統領選挙では一旦朴槿恵に負けており、かつ、その後も野党代表として臨んだ国会議員選挙ではライバル政党に票田を奪われるなど、苦戦を強いられています。しかしながら、2016年秋の政局では物の見事に大衆の支持を獲得し、大統領選挙に勝っている。

そこから浮かび上がるのは、党幹部や有力議員、あるいは自治体首長といった、自分の同業者(peer)と円滑にコミュニケーションをとり、政治基盤を強固にするのは不得手であるが、大衆(mass)の空気を適切に読み、それを自分への追い風に転換させるのは得意であるという人物像。実際韓国国内でも、文在寅はしばしば「一人飯を食うタイプ」とされています。平たく言えば、「飛び道具」を使うタイプ。

こうしたコミュニケーションの取り方は、今の日本の政府首脳とは対照的です。すなわち、我が国の現職総理は、小泉純一郎のようにワンフレーズで大衆(mass)を動かし、突風にも似た追い風を吹かすタイプではなく、議員や党幹部同士(peer)の付き合いの中で支持を調達する、いわば「接近戦」に寄っているタイプ。

両者のうち、どちらが良いか悪いかを判断するのはここでの目的ではありません。ここで重要なのは、ここまで両国首脳のコミュニケーション・スキルの組み合わせが悪いケースは、過去を振り返ってもなかなか存在しないということ。戦後ヨーロッパの統合がヘルムート・コール独首相とフランソワ・ミッテラン仏大統領のような、首脳間の個人的信頼を動力源の一つとしてきたことを考える時、この点は無視できません。

もとより、フリーダム・ハウスの定義に従うなら、今の日韓はともに民主主義国。政府の意思と個々人の意思が同一である必要はありません。

また以前の記事でも書いたように、国境を跨いだコミュニケーションは、相互に矛盾する言説の本音と建前を巧みに見抜きつつ、器用にすり抜けていくスキルを本質的に必要とするものです。この点、自分の指導学生たちには是非とも国際感覚を身に着けていってほしいと思いますし、自分も、そうした感覚の培養に貢献できればと考えています。

なお、日韓の政治をめぐっては、今回の論文以外にもう1本、既に査読を通過した論文‘The Varieties of Lobbying: Comparison of FTA Politics and Farmers’ Lobbying in South Korea and Japan ’があるのですが、こちらは出版が今年末~来年前半になるそうです。こちらについても、刊行された際はこちらのブログでご案内する予定です。

7月の出店予定

2019年も折り返し地点を過ぎ、7月に入りましたが、今月は、4週連続で同人誌即売会に出店する予定になっています。

まず今週末、7日に札幌テレビ塔で開催される第四回文学フリマ札幌に出店いたします。4年連続での出店となる札幌。今年は、

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本年の新刊であり、イスラエル・パレスチナを題材とした『To Those Who Assemble ~集う者たちへ~』、および

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札幌初頒布となる東アジア叙事詩『帰るべき国』、そして

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ドバイを舞台とした『賢人支配の砂漠』の3種類を頒布します。

その後は、14日に沖縄コンベンションセンターで開催されるオリComi Okinawa、21日にポートメッセなごやで開催されるオリComi Nagoya、および28日にインテックス大阪で開催されるオリComi Osakaに、それぞれ出店します。

なお、これら3イベントでの販売作品も、基本的には上記の札幌と同じですが、当サークルでは、コミック作品中心のイベントでは、COMIC CITY福岡などリピーターさんを多くいただいているケースを除いて販売作品を基本的に2種類に絞らせていただいており、

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『賢人支配の砂漠』は3イベント全てで販売しますが、

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『帰るべき国』は沖縄と大阪、

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『To Those Who Assemble~集う者たちへ~』は名古屋のみでの販売とさせていただきます。

これまでの販売動向を踏まえた措置であり、ご理解いただけますと幸いです。

今月出店するイベントのうち、14日の沖縄、および21日の愛知は初出店先となります。充実したひと時となるよう、願っています。

モスタルの廃墟を歩きながら: 次々回作の構想

過去数週間ほど気がかりになっていた香港の逃亡犯条例をめぐる問題。政府が条例制定を無期限延期するに至ったとの報に接し、率直なところ、安堵しています。

私が初めて香港を訪れたのは、10年以上も前になる2008年6月初旬。民主派寄りの新聞が「天安門事件から来年で20年」を見出しにする一方、国営紙'The China Daily'が、四川省地震被災者のためのチャリティー活動を通じて本土との一体性を訴え、また、審議を傍聴した立法会では、民主派議員と政府幹部の激しい議論を展開していました。

洋の東西が交差する魔都に存在する政治的亀裂は、川一本隔てた向こう側に広がる、党と政府のプロパガンダが溢れた土地との対比とともに、「民主主義の役割」を私に強く意識させたものです。その後も香港とは、6.4追悼集会、2014年セントラル占拠、6.4記念館移転騒動、香港大学での議論など、政治学者として様々な関わりを持ってきており、それだけに、天安門事件30年の節目に起こった事態は、個人的に大変な気がかりでした。

民主主義は、それだけでは人々を富ませることはなく、まして幸せにもしてくれません。この点は、残念ですが否定できない現実です。そして、政府が民主主義を軽んじようとも、適切な政策が行われれば人々が富むことができるという点は、シンガポールやかつての韓国、あるいは現在の大陸を見れば明らかです。

しかし、その適切な政策が行われなかった場合、政府を批判し、状況の是正を図ることは、非民主主義体制下では極めて困難です。言論の自由が保障されない中では、政府を批判する者は容易に排除され得るのであり、そして現に、1980年代までの韓国や現在の中国本土、あるいはシンガポールでは、権力者は自分達を批判する抵抗者を犯罪者に仕立て、政治的に消し去ってきました。民主主義には、政府批判を、扇動や名誉毀損にすり替える余地を排除する役割があります。

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そうした、「民主主義の役割」という点に関して、先日サラエボ大学で行われた世界政治学会(IPSA)の国際会議にて研究発表を行えたことは、大変な幸いでした。

四半世紀前、壮絶な虐殺を伴う内戦を経験したボスニア·ヘルツェゴビナを開催地とする同会議では、新興民主主義国の政治がテーマの一つとされ、私も新興民主主義国の一例たる韓国の政党と社会運動について発表を行いました。

1990年代半ばの旧ユーゴ紛争のことは、当時小学生だった私もテレビでリアルタイムで見ていました。自分が生まれた1984年にはオリンピックも開いた都市·サラエボ。そこで行われた民族間の殺し合いのことは、今でも鮮明に記憶に残っています。

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サラエボから西へ100kmあまりの都市·モスタル。そこに負の遺産として残されている廃墟を歩きながら思ったのは、暴力を前にして民主主義が、さらには近代的な政治機構が担える役割は、いかほどなのかというもの。

政治に軸足を置く物書きとして、この問題に向き合うことは価値あることでしょうし、またこれは、今後も政治学の世界に生き続けるのであれば、いつかは取り組まなければならない課題でもあります。

現在、既にアパルトヘイトを取り上げた2020年の新作執筆に取りかかっており、17,000字ほど書いた状態にありますので、本格的な着手には時間を要することになってしまいますが、次々回の小説は、旧ユーゴスラビアを舞台として、上記の問題意識を問うものとします。

当分先の話ですが、完成の暁には、お手にとっていただけると幸いです。