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高森純一郎の創作小説

現代アジアをテーマに小説を書くアマチュア小説家の活動報告、作品紹介、イベント告知など。
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第五回文学フリマ福岡 販売作品

先月下旬に、勤務先の秋学期が始まりました。今学期は本務校である明治大学に加え、神奈川県内にある文教大学でも非常勤講師として授業を受け持っています。

元々私は、日本大学→高麗大学→明治学院大学→明治大学と、同年代の政治学研究者は在学ないし勤務した大学が多い方であり、また立場上、海外の大学との関わりも深いのですが、同一学期に複数の大学で授業を受け持ってみると、大学に「個性」があるということが改めて見えてきて、興味深いものがあります。

さて、今学期は上記のように担当授業が増えた上に、都内にあるシンクタンクで調査活動のアシスタントをさせていただくことにもなっています。そういう事情もありますので、まだ2週間ほど先のことですが、時間が取れる今のうちに、下記イベントの告知をしておきます。

10月20日に福岡·天神のエルガーラホールで開かれる即売会·第五回文学フリマ福岡に出店します。私·高森のブースは「え-10」です。

販売作品は

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ドバイを舞台とした『賢人支配の砂漠』、

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イスラエル·パレスチナを舞台とした『To Those Who Assemble~集う者たちへ』に加え、

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ベトナム戦争末期のサイゴンを舞台とした『疎遠なる同胞』を予定しています。

多くの方のお越しを、お待ちしております。
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本の『手売り』

本日、高松で開かれた同人誌即売会·おでかけライブin四国に出店いたしました。四国初出店となった今回のイベント、台風の影響で天気が荒れ、出店者側でも欠席されたサークルさんが散見されましたが、5冊ほどお買い上げをいただきました。当ブースにお立ち寄りくださった皆様、ありがとうございました。

また本日のイベントでの販売の結果、ドバイを舞台とする拙作『賢人支配の砂漠』の累計販売部数が300を超えました。『賢人支配の砂漠』は、拙作の中では比較的短く、販売価格を300円に抑えられているという事情もあって、おでかけライブのようなコミック·グッズ中心の即売会や、初出店地でのイベントでは「主力」と位置付けています。その影響もあって、平均販売部数が100前後となる拙作の中では突出して販売機会が多く、同時に、突出して多くのご感想を頂いてきました。それらのご感想は、しばしば新作執筆の原動力にもなってきました。改めて、同作品をお買い上げくださった全ての方にお礼を申し上げます。

さて、去る7月の文学フリマ札幌に出店した際には、この『賢人支配の砂漠』を、即売会に来場された方だけでなく、札幌市内で泊まった民泊のオーナーの方も買ってくださりました。こちらの民泊は、とても可愛らしく、かつ人懐っこいマルチーズを飼っているという素敵な宿。ご自身も海外旅行経験の豊富なオーナーさんが拙作に関心を示してくださり、お買い上げと相成ったのですが、先週、再びこちらの民泊のお世話になった時には、拙作を読まれたオーナーさんから感想も聞かせて頂きました。

で、こちらの民泊には、12月のおでかけライブin札幌への出店の際にもお世話になる予定なのですが、その宿泊予約手続きを行っていた中で、オーナーさんが「また、小説の手売りをされに来札されるのですね」とおっしゃる場面がありました。

小説の『手売り』。

私たち同人界隈の人間は、コミケや文学フリマを「即売会」と呼び、そこで自分たちがやっていることを「同人誌を『売る』」と言う一方、その行為を『手売り』と表現することは、基本的に無いように思います。少なくとも、文学フリマ常連サークルの間では、「同人誌を手売りする」という表現はマイナーです。

ただ、私たちに『手売り』という認識が希薄であったとしても、私たちが直接参加した即売会でやっていることは、紛れもなく、自分たちの書いた本を一冊一冊『手売り』する行為です。ネット通販の注文を機械的に処理するのではなく、あるいは自分の書いた文章が雑誌に載り、所定の経路を通って流通していくのでもない、直接の手売り。その直のやり取りは、読み手には「自分は、誰の書いた本を読むことになるのか」を可視化させ、また書き手には「自分は、誰に自分の書いた本を読んでもらうのか」を可視化させます。

それは、部数を上げるという観点からは非効率たることを免れません。しかし同時にそれは、書き手に「自分の書く小説に時間をとられる人」の存在を視認させ、そうした人々への責任を意識させることで、「より、時間を割いて読むに値する小説を書けるように」と自分に言い聞かせる動機を生じさせます。

上記の「小説の『手売り』」という表現は、そうした自分の趣味活動の基本へと、改めて考えを巡らせる機会を提供してくれました。

次回の「小説の『手売り』」は、10月20日の文学フリマ福岡です。東京以外の開催の中では、様々な意味で「出会い」に恵まれることの多い文学フリマ福岡ですが、今年もまた、良き出会いがあるよう願っています。

9/22「おでかけライブin四国」に出ます

今秋、本業で単行本を商業出版の形で出します。3年半前に博士号を取得した際の博士論文を大幅に加筆·修正したもので、タイトルは『韓国農政の70年-食糧増産から農村開発、そして農業保護へ』です。

出版に向けた作業の過程では、かれこれ4年前に書いた博論に、今から見れば未熟と思える記述をいくつも見つけたりと、案外面白い場面もありました。小説と論文、その性格は大きく違いますが、その違いを超えて、「文章」をまとめる作業は、やはり楽しいものです。

さて、9月22日に香川県高松市のサンメッセ香川で開かれる即売会「おでかけライブin四国」に出店します。四国での出店は今回が初めてであり、これまでに出店した都市が基礎自治体ベースで15都市(札幌、盛岡、仙台、前橋、東京、川崎、金沢、静岡、名古屋、京都、大阪、堺、広島、福岡、宜野湾)ですので、今回の高松は16番目の出店先都市となります。

私·高森のブースはオリジナル作品枠のC-27、販売作品は、ドバイを舞台とした『賢人支配の砂漠』、およびベトナム戦争末期のサイゴンを舞台とした『疎遠なる同胞』の2作品です。

学術著作の御案内

数日前、韓国政府が日本との間に締結していたGSOMIAの破棄を決定したとの報道がなされました。名目上は、日本政府による韓国のホワイト国からの除外措置等により、日韓間で国家安保に関わる協定を維持する意義がなくなった…というものですが、本措置が、従軍慰安婦や徴用工をめぐる日韓間の一連の問題の延長線上にあることは明らかです。

今回の韓国政府の措置、そしてそこに至る両国政府間の応酬は、国際感覚に欠ける人物が国家エリートとして君臨することが、やもすれば大きな災難を招くことを端的に物語っています。韓国政府の指導部が、日韓関係を単なる二国間関係と捉えず、アメリカに安保上大きく依存する国同士の関係、あるいは米中の狭間に存在する国同士の関係と正確に認識できていたならば、民族感情の問題を国家安保の領域に飛び火させることはしなかったでしょう。あるいは、我が国の最高指導者も、自身が官房副長官だった2001年、歴史教科書問題で韓国世論が炎上した際、時の韓国大統領にして老練な政治家であった金大中が「手打ち」でこれを乗り切ったことを記憶していれば、正論を繰り返すだけでは政治的難題を解決できないと理解し、より賢明な選択ができたはずです。

国際感覚について考える時、国境を跨いだ草の根レベルの交流が重要であることは明白です。人間は、実際に背景の異なる者と接触し、直接コミュニケートすることで、その心から偏見を取り除き、また自分たちの選ぶ民意代表が異邦人との意思疎通に耐えられるだけの人材であるかを判別する力を身に付けることができます。しかし、公権力を手にする以上、国家エリートがそうした能力を欠いた場合、そのその損失は計り知れないものになります。国政指導者の視野の広さとコミュニケーション力に対し、日本人も韓国人ももっと意識を向ける必要があると、強く感じた次第です。

前置きが長くなりました。

先日、所属先が交流協定を結んでいるタイのシーナカリンウィロート大学から、拙稿の掲載通知が届きました。同大学はバンコク中心部のスクンビットにある国立大学で、元々は教員養成のための師範学校として発足し、後に総合大学へ発展したものです。キャンパス内に「明治大学ASEANセンター」という常設の出先機関を置くぐらい、私の所属先とは縁の深い大学ですが、今回、同大学の発行するThe Economics and Public Policy Journalに、下記の査読付き論文が掲載されることとなりました。

'The Variety of Lobbying: Comparison of FTA Politics and Farmers' Lobbying in South Korea and Japan' The Economics and Public Policy Journal Issue 20, 2019

本論文は、韓国の農民諸団体による米韓FTAへの反対運動と、日本のJAグループによる反TPP活動を比較分析したものです。

日本も韓国も、農業の生産性は極めて低く、アメリカの農産物が流入すると、国内農業は大きな打撃を被ることが危惧されました。そこで、両国の農民は自由貿易への反対運動を展開した訳ですが、その運動のパターンは両国間で大きな違いを見せました。すなわち、政界との接点に乏しく、逆に世論から同情されやすい立場にあった韓国の農民たちは、デモや署名活動といった社会運動を展開し、政府を追い詰めました。他方、自民党議員との接点が豊富であり、その一方で都市住民からの好感度があまり高くない日本のJAグループは、一時は世論への訴求を試みつつも、結局は集票と引き換えに議員に圧力をかけるという伝統的な手法で、自由貿易に抵抗しました。

このように、異なる手法で貿易自由化に抵抗した農民ですが、その『成果』は両国間でほとんど差がなく、「貿易自由化政策そのものは推進されるが、農民への懐柔策として、政府が多額の農業補助金を給付する」というもの。本論文は、この過程を両国の農民団体や国会議員への聞き取り調査などによって精査し、結論として、「集票や献金を用いた駆け引きだけでなく、世論の動員を通じた駆け引きもまた、政治家への圧力(lobbying)になる」、つまり、政治家への圧力は、既存の研究で考えられていた以上の多様性(variety)が認められる…と述べています。

本論文は元々、昨年11月にシーナカリンウィロート大学で開かれた学会での発表論文を、査読意見を踏まえて修正したものです。同大学の関係者の方々には、心からの謝意を表したいと思います。

「青春」のお話

去る11日から12日にかけて、

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福岡の久留米から広島を経由して名古屋まで、青春18きっぷで旅行しました。ルートは、以下の通り、移動距離は800kmほどとなりました。

久留米→(久大本線)→夜明→(日田彦山線※)→小倉→(鹿児島本線)→下関→(山陽本線)→宇部→(宇部線)→新山口→(山陽本線)→岡山→(赤穂線)→姫路→(山陽本線/東海道本線)→名古屋
(※以前の九州北部豪雨の影響で、日田彦山線は一部が不通となっており、代行バスでの移動となりました)

私にとって今夏は、自分が18きっぷを使うようになってちょうど20年の節目に当たります。1999年、高校1年の夏休み、仙台~熊本を普通列車で往復して以来、何度もお世話になっている18きっぷ。3年前、文フリ札幌に合わせて北海道を18きっぷで旅行した際には、「50代、18きっぷ利用歴30年以上」という方にもお会いしたりしました。

最近は、時期によっては国内出張よりも海外渡航の方が多く、遠方への移動は飛行機利用が圧倒的に多くなっていますが、やはり、地上をローカルな目線で見つめながら移動してみると、この国のsomething attractiveに直接触れている感覚に浸ることができます。1日10時間も鈍行列車に乗っているのに「飽き」が来ないのは、おそらくこの感覚のためだろうと思っています。

来年には36歳、つまり、きっぷの名前にある「18」の2倍の年齢になる身ですが、この切符が販売される限りは、普通列車での遠距離旅行は続けることになりそうです。

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さてさて、今回、旅行の始発駅となった久留米駅では、こちらのポスターを見かけるということがありました。

そうそう、田中麗奈さん、久留米市出身なんでしたね。

1990年代後半に「なっちゃん」のCMでデビューしたことで知られる彼女ですが、当時の彼女はJR東日本のCMにも出演しており、私にとってはそちらで強く印象付けられた女優さんです。

当時の私は彼女の大ファンで、彼女がラジオ番組に出演すると、その番組をカセットテープに録音したりしていました。そして、これまたちょうど20年前となる1999年の秋に、彼女の写真集が発売されると、小遣い(※私の通っていた高校はバイト禁止でした…)を節約して「予算」を捻出し、書店に走ったりしたものです。今から振り返ってみると、やや恥ずかしく、甘酸っぱいところもある思い出ですね…。

中学生の頃から「鉄道旅行と小説の執筆が趣味」という点が全く変わっておらず、さらに言えば、今の仕事である政治学研究も、元々は小学校6年生の時に観た『映像の世紀』に影響されてのものなので、自分の中では「十代半ばだった20年前」と「三十路も半ばとなった今」の間には断絶や転換点がなく、むしろ両者は同じ連続線の上にある…という印象が強いのですが、こうして振り返ってみると…やっぱり、私にも青春と呼べる一時期があったようです。

ちなみに、田中麗奈さんについては、ちょっとした「後日談」があります。

写真集を買いに本屋へ走った「青春」の時期からは、10年ぐらい経過した頃のこと。当時私は、派遣社員として都内の某大規模小売店で働いていたのですが、ある日、その大規模小売店で田中さんの出演するステージ・イベントが開かれることになり、裏方のスタッフの一人として、田中さんを至近距離から拝見する機会がありました。勿論、仕事上での話であり、個人的感情を差し挟むことはなく(そもそも一介のスタッフに個人的感情を差し挟む余地など与えられる訳もなく)、粛々と業務をこなしました。が、仕事が終わった後、家に帰る際の足取りが何となく軽かったのは…気のせいではないでしょうね。