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初台にある新国立劇場で、バレエ「ジゼル」を見てきました。本日の公演でジゼル役を演じられた方は、2年前に新国立のバレエ団に入団されたソリストの方だったのですが、その美しい動きを以ってして観客を惹きつけるという方でした。見ている側の私は瞬く間に物語の中へと感情移入していき、気がつくと2時間が経っていました。

今年秋からの2017/2018シーズンでは、同劇場バレエ団は「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」と、チャイコフスキー三部作を全て上演するとのこと。今から楽しみです。

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さて、6月22日から24日まで、ソウルの延世大学で開かれていた韓国政治学会の国際大会に出席しておりました。

同学会は毎奇数年、国内外の研究者が出席する形で大規模な国際大会を開いており、私の参加は一昨年に続き2回目。普段英語と日本語で学会発表を行っている私にとっては、韓国留学時の知人と再会する機会であると同時に、韓国語で研究発表を行い、韓国人研究者と討論を交わす貴重な機会にもなっています。

今回の私の発表テーマは、「農産物貿易をめぐる国内政治の日韓比較」。長らく農協が強力な圧力団体として機能し、政府の貿易自由化政策を阻止してきた日本に対し、韓国の農業団体が政治的影響力を持ち得なかった点を、理論的にどう説明するのかを問うものでした。

討論者や聴講者の方々との議論も交える中で浮かび上がったのは、韓国では農業団体のような圧力団体のロビー活動を排除するという民主化以前の政治過程が民主化後も持続し、かつそれが民主主義と共存しているという点。

圧力団体を排除する政治慣行を「非民主的だった時代の残滓」と位置付けるのは容易ですが、ここで留意すべきことは、非民主体制の下で形成された制度や規則が民主化後も行き長らえ、かつ民主主義と奇妙な共存関係を築くというのは、決して珍しくはないという点。

例えば、目下議会選挙が行われている東京都。同地の自治を執行する都庁は、旧東京市にあたる23区を代表する機関なのか、それとも旧東京府にあたる都下の市町村部を代表する機関なのか、法的には曖昧なところがあるのですが、そもそもこの機関は、70年あまり前に戦時体制の一環として作られたもの。戦時体制の産物ともいえる機関が、実に半世紀以上に渡り、民主主義国家•日本の首都の自治を担ってきたのです。

あるいは、農政の分野でいえば、1993年のウルグアイ・ラウンド協定受け入れを経て廃止された食糧管理法という法律は、戦時中の配給制を円滑に行うための法律でした。そのような法律が、民主化し、経済的に反映した日本で長らく効力を有していたのです。

こうした事実は、民主化の前と後で連続性を持つ政治上の制度や慣例が、一般に思われている以上に多いことを意味しますし、そして、「民主主義と非民主主義」という二分法が、両者の間に存在する連続性を覆い隠してしまうことも示唆しています。今回の学会発表では、そのことを改めて意識する機会となりました。
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2017.06.25 / Top↑
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6月15日から17日まで香港大学で開かれていた国際会議'The Pacific Century?'に出席するため、香港を訪れておりました。上の写真は、ビクトリア・ハーバーから眺めた香港島の夜景。9年前の香港初訪問以来、私はこの夜景を心から気に入っており、拙作の中でも、『帰るべき国』や『疎遠なる同胞』の終盤でこの光景を描写してきました。

私にとっては昨年5月以来、通算5回目となる香港訪問。同地訪問の度に見ているこの夜景ですが、未だに飽きることがありません。

英領時代は「政治のない都市」とも言われた香港ですが、初訪問が2008年6月と中国への返還後であり、かつ政治学研究を生業にしている私にとってこの都市は、

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行政長官直接選挙制の導入を要求する学生らによる路上占拠運動(2014年)や、

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6月4日にビクトリア•パークで開かれる天安門事件の追悼集会(2015年)や、

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天安門事件の犠牲者を追悼する記念館での学生らとの対話(2016年)など、韓国以上に政治の「現場」を見聞する場所であってきました。

今回も、国際会議の会場となった香港大学で、学生会が、キャリー・ラム氏の当選した先の行政長官選挙について、その「官製選挙」ぶりを非難している場面を目にしました。

私は、理想主義的な学生運動を無条件に支持する立場ではなく、むしろ進歩的・理想主義的な物の味方には懐疑的な人間です。韓国・高麗大学に留学していた時も、同国屈指の左派系団体である高麗大学生会には加入していませんでした。

しかし、どれほど自分の目に懐疑的に映る意見であっても、それを主張する権利は尊重されなければなりません。

間もなく中国への返還から20周年を迎える香港。これからもこの都市が繁栄し、そして自由であることを願っています。

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さて、今回の国際会議、私も発表を行ったのですが、その内容は自分自身の最新の研究成果を提示するものではなく、一昨年書いた博士論文で詰めきれなかった部分、いわば「取りこぼし」を回収することを主目的にしたものでした(現在の最新の研究成果は、今週末にソウルで発表する予定です)。

ただ、出席者の関心は、その「取りこぼし」部分よりも、博論本体に対して向けられており、去る2月にボルティモアの会議でも頂いた意見=博論の英訳版の執筆、発表に、そろそろ本気で取り組む必要があると感じた次第です。

もとより、私は学部生の頃から一貫して「政府の強力な産業政策で経済成長を実現した日韓から、後発の途上国に対する含意を導出する」という問題意識を根底に据えて研究をやっている立場にあります。未熟な研究であるとはいえ、その結果に対して現在の途上国、すなわち日本国外から関心を寄せてくれる人がいるのなら、そうした人々の関心に答えるべく努めなければならないのでしょう。

今回の香港訪問に先立ち、所属先の大学から、私の今年度の研究計画について「若手研究」という学内コンペに基づく資金が拠出される旨、通知を受けました。多額の研究費用を支援して頂けるという立場にあって、これまで以上に責任意識を感じるところもあります。

読み手の需要に、書き手として何を供給するのかという点は、小説を書いている時もしばしば気にする点なのですが、今回の香港滞在は、これからの自分が、その点に一層センシティブになるべきと感じる機会となりました。
2017.06.19 / Top↑
本日、福岡市で開かれた即売会、第6回福岡ポエイチに出展いたしました。

私、高森のブースでは新刊を中心に12部を頒布いたしました。このところ、即売会では準備不足の感が否めず、今回も3作品全てが字数20万字以上の大型作品という、詩歌中心のイベントでは敷居の高い展開となったしまいましたが、そんな中でも当ブースにいらして下さった皆様、本当にありがとうございました。

2年ぶりの出展となったポエイチですが、第1回の時と比べると、ブースの販売傾向、一般来場者の方々の関心ともに、詩歌を中心に据えるというイベントの方向性がかなり明確になってきたかと思います(イベントの後、打ち上げの席で話をしていた中でも、そうした話題の出る場面がありました)。今後とも良きイベントとして発展されることを願っています。

次回の私の即売会出展は7月9日の文学フリマ札幌です。多くの方のお越しをお待ちしております。
2017.06.11 / Top↑
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過日、バニラエアのセール運賃「わくわくバニラ」で成田•函館の往復航空券を購入したので、この航空券を使い、土日に当たる6月3日、4日、函館へ行って来ました。

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今回は五稜郭公園を訪問。7年前に復元された箱館奉行所を見学しました。

近世史を学んでいるとしばしば目にする奉行、ないし奉行所という言葉。一種の地方行政官だということは頭で分かっているものの、感覚としては今一つ馴染みがないというのが、私を含めた多くの人の理解度なのではないかと思います。そんな中、こちらの施設は、近世の奉行制を感覚として理解するのに大いに役立ってくれました。

さて、先月末、名古屋にある学術団体International Academic Forumから刊行された英文ジャーナルに、私の査読付き論文が載りました。

'The Impact of Farmers' Resistance to Trade Liberalization: A Comparative Study on Political Process around FTAs in Korea and Japan'
https://iafor.org/journal/iafor-journal-of-politics-economics-and-law/volume-4-issue-1/article-3/

オープンアクセスなので、誰でも無料で読めます。

この論文、元々は同団体が昨年10月に神戸で開いた国際会議での発表のproceedings(議事録)として書いたものなのですが、その後、この議事録を読んでくださった同団体のジャーナル担当の方から「a really good paperなので、査読意見に沿って修正することを条件に、ジャーナルに載せたい」というありがたいお声がけを頂いたという経緯があります。この業界では、査読付き論文は議事録よりも業績として重要視されるので、投稿料の負担もなく、いわば業績を格上げしていただいた形です。関係者の方々には、改めて御礼申し上げます。

論文の内容は、「日本と韓国は、農業の国際競争力が弱く、従って両国の農民団体は、一貫して自由貿易に反対している。しかし、日本では農協の強力なロビー活動が政府の貿易自由化政策を遅らせたのに対し、韓国では農民団体が政治的にほとんど無力だった。それは何故か?」という問いに、「日本では農協が選挙での集票を政府•与党との交渉カードに使ったので、政府に影響力を行使できたが、韓国では農民団体のロビー活動が教条的に過ぎ、政府•主要政党との間で票と政治的便宜の交換関係が生じなかったから」と答えるものです。

多くの方に読んでいただけると幸いです。
2017.06.05 / Top↑
来る6月11日、福岡市で開かれる即売会•第6回福岡ポエイチに出展します。

2年ぶりの出展となるポエイチ。私は2日目である11日のみの参加となりますが、以下3作品を販売しますので、取り急ぎご案内いたします。

『国家を背負って』(2017年作)…頒布価格:500円
1979年、中越戦争が勃発。中国人民解放軍の侵攻を受けたベトナム共産党および政府は、同国人民軍を動員しこれに対処する一方、国会議員らも動員した対中非難のプロパガンダを展開していく。
そんな折、国会副議長の地位にあった古参党員グエン・フー・アンは、密かに党中央・書記長から呼び出され、「中国側が、第三国たるフランス・パリで我が方との交渉を求めている。有利な条件で停戦に持ち込むためにも、同志にはこの交渉に応じ、中国側との話し合いを進めてほしい」と打診される。これを聞き、一瞬、「外務省や軍の人間でない自分が、何故そのような任務を?」と疑問に思ったアンだったが、やがて書記長から、中国側の交渉担当者の名前を聞き、納得する。その人物は、若き日、パリに住んでいたアンが、ともに働き、ともに学んだ旧友だった…。
国籍の垣根を超え、親しく交わった者同士が、やがて各々の国家を背負う。現代世界において時に私たちが経験する事象を、ハノイとパリの2都市を舞台に物語にまとめた作品です。

『大陸と海洋の交差路』(2016年作)…頒布価格:500円
那覇を訪れた香港の文化人類学者・唐瑞延は、これまで自身の沖縄での研究活動を支えてきてくれた台湾出身の恩人・安麗生の職場を訪ねる。台湾政府の意向を受け、長年台湾と沖縄の交流事業に携わってきた麗生は、定年を迎えたこともあり、所属する政府系機関を退職することになっていた。
長年に渡る学恩に礼を言い、また麗生の日台交流への尽力をねぎらう瑞延。そんな彼に麗生は、「これは回顧録にも書かなかったことなのだけれど…」と、ある秘密を打ち明けた。曰く、台湾人として沖縄との民間交流を深めてきたはずの彼女は、実は沖縄本島で、沖縄県民として生まれたのだという。なぜ、沖縄県民として生まれた人物が、台湾人になったのか。その疑問を抱いた瑞延に、麗生は「台湾疎開のことは、御存知かしら?」と問いかける…。
太平洋戦争末期、1万人を超える沖縄県民が、当時日本領であった台湾へと疎開しました。しかし終戦後、彼らの疎開先は中国国民党の支配下に入り、そして彼らの故郷・沖縄はアメリカ軍の支配下に入ります。疎開先も、そして故郷も「日本」ではなくなった日本人疎開民。やがて彼らは米軍支配下の沖縄へ、すなわち中国からアメリカへ「帰る」ことになります。
戦中から戦後にかけての沖縄を、台湾の視点から描いた作品です。

『疎遠なる同胞』(2011年作)…頒布価格:500円
インドシナに派兵された韓国軍によって両親を殺されたベトナム人少女。身の危険を感じた彼女は、当時の南ベトナム首都・サイゴンへと逃れるも、避難先で食いつないでいくため、韓国人従軍記者に雇われ、この記者の下で生活することとなる。やがて、共産軍が南へ侵攻、サイゴン陥落が目前に迫った段階で彼女は…。
外国人の兵士に肉親を殺され、他方同じ国の記者と暮らすことで生き延びた少女の視点から、戦争最末期のベトナムを描き出します。国籍やエスニシティ、或いは国民性といったフィルターを介して世界を見ることの危うさを感じて頂ければ幸いです。

当日は夕方からのトークイベントにもおりますので、多くの方と出会えますこと、楽しみにしております。
2017.06.05 / Top↑