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本日、札幌テレビ塔で開かれた即売会·第三回文学フリマ札幌に出店いたしました。

私のブースは、持ち込み17冊が13時半過ぎに完売いたしました。当ブースへお立ち寄り下さった皆様、ありがとうございました。

次回の即売会出店は、7月16日に東京で開かれるText-Revolutions。販売作品は今回と同じく、ドバイを舞台とした『賢人支配の砂漠』、およびモスクワと北京を主たる舞台とした『廃墟の中で』です。

多くの方のお越しをお待ちしております。
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2018.07.08 / Top↑
トルコのイスタンブール、および北キプロスのレフコシャ(ニコシア)へ行ってきました。

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イスタンブールでは、東ローマ帝国およびオスマン帝国の象徴とも言えるハギア•ソフィアを始め、旧市街を歩いて回り、

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レフコシャでは、南北キプロス間の境界線周辺に広がる旧市街を見て回りました。

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北キプロス(正式国名:北キプロス•トルコ共和国)は、1970年代、ギリシャ系住民とトルコ系住民が混在する島国・キプロス共和国へギリシャ軍が介入したのに対抗し、トルコ軍が同島の北約3分の1を占拠、樹立した国。トルコ軍が既存のキプロス共和国の一部を占拠、実効支配したという経緯から、トルコ以外の国家承認は受けていないのですが、南のキプロス共和国が実質ギリシャ系住民の国になっているのに対し、こちらはトルコ系住民の国になっています。

南北分断に際しては武力衝突も発生したとのことで、現在に至るまで、南北の間は、

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こうした、ベルリンの壁のような塀と緩衝地帯によって隔てられています。写真の手前がレフコシャ市内の駐車場、その向こうに見える廃墟は、南北キプロス間を隔てる緩衝地帯。緩衝地帯(Buffer Zone)は、朝鮮半島でいう非武装地帯(De-Militarized Zone)のようなもので、南北キプロス間の境界線周辺を立入禁止区域に指定することで、双方の偶発的な衝突を回避するためのものです。そして、やはり朝鮮半島の非武装地帯と同様、緩衝地帯内には、上の写真にも写っているように、南北分断に際して破棄された住宅街が廃墟と化した状態で残されています。

もとより、現在では南北政府の間で統合交渉も行われており、また南北間の往来も可能。レフコシャの街も平和そのもので、街角のベンチに座ってアイスクリーム(トルコ名物の伸びるアイス)を食べていたら地元の青年らに話しかけられ、'Have a nice day!'と挨拶して別れるといった場面もありました。

旧イギリス領であることもあってか、年配の方でも英語通用度は意外と高く、非常に旅行しやすい国という印象を受けました。地中海に浮かぶ島だけに気候も温暖で、帰りにイスタンブールへ戻る機内で知り合ったトルコ人の経営コンサルタントの方も、観光要素は豊かな場所だと仰っていました。

今回は日程の制約もあり、北キプロスのみの訪問となりましたが、いずれは南側のキプロス共和国へも行ってみたいと思っています。

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イスタンブールからモスクワ経由のアエロフロートで東京に戻る途中、機内から撮影したシベリアの夜明け。ちょうどこの時、1年ほどかけて書いてきた新作の初稿を完成させたということもあり、感慨深い思いを抱きながら日の出を眺めていました。小説を書き続けて今年の初夏で丸20年になりますが、やはり作品を書き上げた時の「走り切った感」は何度味わっても心地よいものです(新作のことについては、後日改めて詳細を告知する予定です)。

なお、1年後の完成を目指して準備を進めている2018年の新作では、ここに写っている国・ロシアが、中国とともに主要な舞台となります。4月27日から5月5日までは、その取材のためにモスクワを訪問する予定。先の話となりますが、御記憶いただけますと幸いです。
2017.03.27 / Top↑
この3日間ほど、台北に行っておりました。

台湾を訪れるのは昨年1月、ベトナム訪問の際に立ち寄って以来となります(なお、この時のハノイ取材を元に起草した新作は、現在28万字強まで書けています。引き続きお待ちいただけますと幸いです)。

韓国を中心に東アジア政治を専攻しており、かつ台湾を舞台とした小説も書いてきたため、台湾へは何度も足を運んでいる...とよく誤解されるのですが、私の台湾訪問は今回がまだ5回目。しかも、うち3回は香港や東南アジアへ行く際にストップオーバーで立ち寄った形をとっているので、台湾単独の訪問は、今回が10年ぶり2回目。

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今回は台北郊外を走るローカル線、平渓線に乗り、青桐という小さな山あいの村へ行ってきました。

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1960年代までは炭鉱の町として栄えた場所で、今でも廃坑にその痕跡を見てとれます。国民党が「大陸反攻」を掲げていた時代の台湾へと思いを巡らせることのできる、興味深い場所でした。

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台湾鉄路局の名物といってもいい駅弁の排骨飯も、相変わらず美味。

このところ、アメリカ、スペインと遠方の国へ行くことが多く、来週にはトルコ訪問も控えているのですが、隣国を旅行することは、欧米諸国を旅するのとは違った楽しみがあるということを改めて実感した3日間でした。
2017.03.14 / Top↑
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この一週間ほど、旅行でスペインを周遊しておりました。

国内外の近現代史を題材として長編小説を書く私にとって、スペインと言えば、何と言っても逢坂剛氏のスペイン内戦シリーズを連想させる国。

また、本業で政治学、中でも非民主的な国が多いアジアの政治を研究する者からすると、スペインは独裁者の標準像ともいうべき、フランシスコ•フランコが支配した国。(政治学では、ナチス•ドイツや北朝鮮のような支配イデオロギーの徹底した独裁を「全体主義体制」と呼び、その全体主義体制と民主主義体制の中間にある、支配イデオロギーの曖昧な独裁を「権威主義体制」と呼ぶのですが、フランコの独裁は、その権威主義体制の典型例と位置付けられています)

更に言えば、自身はプロテスタント教徒であるものの、イスラーム圏の人々と馴染みの深い身としては、スペインはナスル朝の滅亡までイスラーム圏に属した土地。

そういう訳で、今回のスペイン訪問では、

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マドリードのソフィア王妃芸術センターで、ピカソの「ゲルニカ」や内戦期の共和国軍のプロパガンダ•ポスターを鑑賞した他、

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コルドバにあるメスキータ大聖堂を見学しました。

メスキータとは、スペイン語でモスクという意味。元々この大聖堂はモスクとして建てられ、カトリックによる国土回復運動、いわゆるレコンキスタの後にカトリックの礼拝施設へと転用されたという経緯を持っています。

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そのため、鐘塔はモスクの尖塔•ミナレットの転用であり、

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聖堂の内装もモスクの色合いを強く残しており、また奥には、メッカの方向を示す窪み、ミフラーブも残っています。

さて、このメスキータ大聖堂の回廊を歩いていたところで、私はふと、高校生の頃、世界史の授業でお世話になった先生のことを思い出していました。

その先生は、学部在籍中に教員免許を取得されたものの、卒業後すぐに就職するのではなく大学院へ進学、後期課程を満期退学された後に高校教員になったという方でした。

大学院在籍時の専攻は中世ヨーロッパ史、中でも前述のレコンキスタや、レコンキスタと関係の深い第四回十字軍の史料検証を研究テーマにされていたのだそうです。

当時、私のいたクラスでは世界史の選択履修者は私を含めてもわずか3人、しかもそのうち私は、大学受験科目では政治•経済を選択する立場でした。そういう特殊な環境も作用したのでしょう。私立高校の進路指導強化学級にあってその先生は、大学入試の対策もさることながら、「大学に入った後」を見据えた指導をしてくださいました。

定期試験は高校の社会科にありがちな一問一答形式ではなく、罫線だけが引かれた解答用紙に小論文を書いていく論述形式でした。そして、レコンキスタや十字軍の項では、御自身が翻訳された教皇ウルバヌス2世の演説文を副教材として配り、当時のバチカンの狙いが教勢の回復ではなく、収奪を通じた財宝の獲得にあったのだということを示しながら、「教科書の説明は必ずしも正確ではない」のだと教えてくれたものです。

その先生は、高校の頃から研究者志望だった私に、「おまえは人前で話ができるし、文章も書けるのだから、是非頑張るように」と言ってくださり、また卒業アルバムにも、「期待される人間になれ」と書いてくださいました。

高校卒業から15年が経った今、自分がどこまで「期待される」だけの人間になっているか...東京から1万km離れたイベリア半島内陸の町で、そんなことを自問したりもしました。

(おまけ)
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マドリードから高速列車で1時間の場所にある町、クエンカ。断崖絶壁の上にせり出すようにして旧市街が広がっている都市ですが、「水曜どうでしょう」ファンにとっては、2006年ヨーロッパ20か国制覇の旅に登場したことで知られる場所でもあります。先般ロケが行われたという新作、楽しみにしています。
2017.03.09 / Top↑
バングラデシュの首都・ダッカで日本人を犠牲者に含むテロ事件が起こりました。犠牲となった方の御家族に、心からお悔やみ申し上げます。

言うまでもなく、暴力に訴えて人々に恐怖心を与える行為は最大限に非難されるべきものであり、そこに共感や理解の余地はありません。

その上で今回は、普段から英語によるメディア媒体を通じて情報を摂取している者として、(特に目新しいことでも何でもなく、当たり前のことではあるのですが)少々思うところがあり、記事をアップロードしました。

私は通常、日米韓のメディアに加え、BBC Worldからも情報を摂取しているのですが、世界中に報道拠点を持ち、また高い取材能力を有するBBCは、インドやバングラデシュなど、南アジアの情勢についても普段から詳細な報道を行っています。無論、それは「旧インド帝国の宗主国」という意識が少なからず垣間見られる報道であり、決して鵜呑みにはできない代物ではあるのですが、少なくとも分量に関する限り、BBCの南アジア報道は豊富です。

そして、このBBCの報道に日々触れていると、今回のテロ事件が起こったバングラデシュで、ヒンドゥー教徒や世俗派の知識人に対して殺傷行為が行われたというニュースを毎日のように目にするようになります。

宗教の名を騙る暴力が珍しくないということになるのですが、後発発展途上国であり、貧しい人々の多い土地でこのような暴力を振るい、また正当化する者たちの主張には、大抵の場合、「自分たちムスリムは世界的にマイナーな立場へと追いやられ、虐げられている。その状況を打開するためには力の行使が許される」というロジックが埋め込まれています。

だからこそテロという古典的な手法に走ることになります。

無論、現実のところ、世界を見渡せばムスリム・コミュニティに対する差別や、西アジア地域をめぐる欧米諸国の御都合主義的な外交政策など、イスラム・ムスリムをめぐる理不尽な状況はそこかしこにあります。

ただ、今回のような事件を受け、イスラム圏やムスリムに対する敵対的な感情を持ってしまうことは、彼らの上述のようなロジックをさらに助長してしまうことに他なりません。

過日、イスタンブルのアタテュルク空港で起こったテロ事件について、BBCが「犯人たちはムスリムの国に、それも世界で最も愛されるムスリムの国の一つに銃口を向けた。彼らが果たして何者であるかは、この事実から容易に見えてくる」という意見を取り上げていましたが、今回の事件もまた、ムスリムの土地で起こした殺傷行為という点で、同様の指摘ができるでしょう。

それを踏まえた上で私たちは、イスラムおよびムスリムに対する尊重を維持しなければなりません。それは、寛容と秩序を重んじるムスリムとの共存という観点(私はムスリムの友人を何人も持つクリスチャンであり、この点もまた、非常に切実な問題です)から重要であるのは勿論のこと、今回の凶行を起こした者たちやその協力者に「自分たちは虐げられている」という口実を与えないという観点からも重要なことです。

今回のような凶行を犯す者たちは、一見すると狂信的なイデオロギーに追従しているように見えるのですが、その思想の根本の部分が「自分たちは弱者である」という、後ろ向きな前提に支えられた脆弱性を抱え込んでいます。その「自分たちは弱者である」という言い分に説得力を与えてしまうような言動を、私たちは絶対に回避するべきです。

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去る3月に訪れた、モロッコのカサブランカにあるハッサン2世モスクの写真です。イスラムに対する尊重の念を示すという意味を込めて、ここに貼り付けておきます。
2016.07.04 / Top↑