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既に半月以上前の話ですが、11月18日の文学フリマは抽選を行わないことが決まったので、私も同イベントに出店できることとなりました。(既に参加費の支払いは済んでいるので、ブース取得は確定しています)

過日の記事でご案内した新作『共和国の貴族』は、先週初稿が完成し、現在校正作業が半分ほど終わった段階です。2ヵ月後の文学フリマには間に合う見通しなので、イベント当日は多くの方にお手にとっていただければと思います。

ちなみに、現在私は上記新作の校正作業をしつつ、10月に福井で、11月に東京でそれぞれ行う学会発表の「詰め」の作業をしているのですが、このうち後者の発表日程は11月17日と、文学フリマの一日違い。両者の日程が重ならず、本当に良かったと思います。

さて、昨日までの三連休、私はJRの「スリーデーパス」を使い、道南と北東北を巡る旅行に出ていました。

今回の旅行の主目的は、青森県五所川原市にある太宰治の故郷・金木を訪れること。15年前、彼に触発されて小説を書き始めた身であるにも拘らず、私がこの津軽半島にある町を訪れたことは、恥ずかしながら一度もありませんでした。

ちなみに、以前にも本ブログで書いたのですが、私の筆名「高森」は、太宰が愛飲していた煙草・ゴールデンバット‘Golden Bat’の‘Bat’すなわち「コウモリ」に漢字を当てたものです。

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↑こちらが、その金木にある太宰の生家「斜陽館」。かつての地主であり、戦前・戦後にかけて衆議院議員を複数輩出してきた名家の家屋だけあって、第一に「広い」という印象を受けます。確か、太宰自身も『津軽』の中で「父はいたずらに大きな家を建てた」などと、この家を形容していた記憶があります。

近隣には、この斜陽館の離れとして建設され、太平洋戦争中には太宰の疎開先ともなっていた「新座敷」と呼ばれる家屋も残され、内部が公開されています。

生家である「斜陽館」と違い、文壇で知名度を得た後の太宰が住んだ「新座敷」には、彼が実際に作品を執筆した部屋も残されており、その小ぢんまりとした造りも手伝ってか、部屋の中で案内の方と太宰の作品についてお話しする機会にも恵まれました。ちなみに、彼が作品を書いていたという「新座敷」の部屋に座ると文章が上手くなる、という逸話があるのだそうです。

自分が小説を書き始める契機となった人物であり、自らの筆名の由来ともした人物の出身地を訪ねる。但し、物書きの趣味を嗜むようになって16年目にして、やっと。

現地の旅ノートにも書きましたが、実家を無沙汰にしていた親不孝者のような感覚を抱いた一日でした。

名前の由来に関連して、写真をもう一枚。

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↑今回の旅行で函館市内を観光した際、函館山の南東にある立待岬という場所で撮った一枚です。

奥に広がるのが函館市街地、手前にあるのは与謝野晶子の歌碑です。彼女が歌を献上した地元の名士が、後年その歌を碑に記してこの地へ建てたのだそうです。

私の本名は与謝野晶子からとられているので、定型詩と殆ど無縁でいる身でありながら、彼女に関わる歌碑や作品には、多少興味を惹かれるところがあったりします。

そういえば、来年春の文学フリマが開かれる大阪・堺は、与謝野晶子の出身地にして生前の居住地ですね。


おまけ

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↑金木を走る津軽鉄道の名物・ストーブ列車に乗りました。

通常、ストーブ列車の運行期間は12月から3月までなのですが、去る土日は沿線でお祭りがあり、それに合わせてこの旧型客車を使った列車が特別に運行されていました(勿論、残暑の中なのでストーブに火は入っていませんでしたが)。幸い、私が現地を訪れた時間帯とストーブ列車の運行時間帯が重なっており、鉄道ファンとしては思いがけない僥倖となりました。
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2012.09.18 / Top↑