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今年も残すところ、あと10日あまり。

目下私は、前々回の記事で言及した、「最後のトルタ」に載せる韓国語の小説を書いています。

今回の作品は、1974年8月15日に起こった朴正煕大統領暗殺未遂事件に関連するものです。

この事件は、韓国政府が毎年8月15日に主催している光復節記念式典、つまり日本統治からの解放を記念する行事の席上、演壇に立ち、祝辞を述べていた朴大統領に対し、式典参加者たる聴衆の中に紛れていた在日朝鮮人・文世光が発砲したというもの。犯人である文世光は、北朝鮮政府関係者から大統領を射殺するよう指示を受けていました。

発砲は6回に渡って行われたものの、犯人が狙撃の素人であり、かつ狙撃対象となった大統領が軍人として発砲音を聞き分け、身をかわす術に長けていたことなどから、大統領本人の暗殺は未遂に終わりました。

ただ、大統領自身は無事だったものの、流れ弾の一発が演壇脇に座っていた陸英修・大統領夫人の頭部に命中。夫人はすぐさま病院へ運ばれましたが、その日のうちに亡くなりました。

この事件の後、朴大統領が令夫人の代役として式典の場などに連れて行くようになったのが、昨日の大統領選挙で接戦を制した朴槿恵です。

今書いている小説は、あくまで暗殺未遂事件そのものに関するものであり、事件後公の場に顔を見せることの多くなった朴槿恵には一切触れていませんが、ちょうど彼女が韓国憲政史上初の2世大統領になることが決まった直後ということもあり(また彼女の父親が私の学部の頃からの研究対象ということもあり)、以下、今回の選挙に関して少し記しておきます。

朴槿恵は、父親が暗殺されてから19年後の1998年、補欠選挙に当選したことで国会議員となり、以来14年、政治家としての経験を積んできました。父親の直接的な支援で政治家になった訳ではなく(むしろ朴正煕は、子孫のために美田を買わない人物でした)、またこの14年の経験の中でそれなりに見識を培ってきたであろう彼女が、どこまで自身の最大公約である富の公平な配分を成し遂げるのか、一面では「朴正煕の娘」であり、別の一面では「一人の政治家」である彼女の政権運営を、見つめ続けていきたいと思っています。


年内のブログ更新は、恐らくこれが最後になると思います。今年一年の間に私の小説を読んでくださった方々、また本ブログをご覧下さった方々に、心より御礼申し上げます。

どうか良いクリスマスをお過ごしください。
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2012.12.20 / Top↑