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明日(日付の上では今日)、幕張メッセで超文学フリマが開催されますね。

私・高森は、(この業界の常として)毎年4月末が忙しくなるため、明日のイベントについては出展を見送っています。実際、つい今しがたアジア研究のジャーナルに論文を投稿し終え、尚且つ来月末までに発表原稿を1本仕上げなければならないという状況なので、出展見送りという判断は正解でした…。

ただ、出展・参加はしませんが、ニコニコ超会議との併催という興味深いこの企画が、成功を収めるよう願っています。今まで文学フリマを知らずにいた人たちにも是非是非読んでほしい作品が、数多く販売されるようですし…。

ちなみに、高森の「中の人」が目下取り組んでいる研究内容については、6月22・23日に神戸大学六甲キャンパスで開かれる「日本比較政治学会第16回研究大会」にて発表が行われる予定です。高森の「中の人」の研究発表は23日午後に予定されており、同学会のウェブサイトには既にその旨もアップされています。

↓こちらが日本比較政治学会のウェブサイト↓
http://www.jacpnet.org/

大会プログラムの「自由論題4」に、高森の「中の人」が韓国の農村政策について発表する旨も記されていますので、よろしければサイトをのぞいてみて下さい。

さらに付け加えておくと、高森の「中の人」は、9月16日から18日にかけて明治大学駿河台校舎で行われる国際会議でも、研究発表を行います。こちらの発表は国際会議であるため、英語にて行われます。

↓当該国際会議のウェブサイトはこちら↓
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~confyagi/September2013.html

私は会議直前の9月8日から13日まで、新しい小説の取材でアラブ首長国連邦を訪問する予定なので、ひょっとするとアラビア語の癖がついた英語でプレゼンをするかも…。



閑話休題。


先々週大阪で行われた第十六回文学フリマでの購入作品のレビューです。



オリ神-origin-堕天王『妖のいるコミケ』(堕天王の逝く道: http://47762756.at.webry.info/

幽世喫茶という連続ファンタジー小説の一作品です。妖(あやかし)と渡り合う血筋の少女が、付き添いとともにコミケに行く、という内容。

短く、お手軽ポンと読める作品です。いかにもライト・ノベルらしい、愛らしいキャラクターたちのドタバタ劇が楽しいですね。



TAKA ‘Ever Friend’(True Memory: http://truememory.cocolog-nifty.com/)

昨年11月の文学フリマで購入した『シトロンシーズン』が面白かったので、前回に続き購入。

前回はコンビニでバイトする女子高生が主人公でしたが、今回は大学生が主人公。

勉強はそこそこ、合コンをやり、バイトをやり、という平均的な日本の大学生像を具現化した主人公が、しかし過去の同級生との接点、そして現在の他人とのつながりの中で恋をし、悩み、成長していく過程を描いています。

『シトロンシーズン』は、十代半ばの女の子が往々にして見せる「甘さ」を上手く描いた作品でしたが、今作も、大学生の平均像を、その「アマちゃんぶり」を、リアルに描いた良作になっていました。



第十六回文学フリマで購入した本は他にも数多くあるのですが、本業での予定もありますので、感想を記すのはこの辺で終わりにしたいと思います。

全体として、今回の文学フリマでは、(このブログで記事にしなかったものも含め)従前以上に質の高く、面白い文章作品に多く出会えました。一ヵ月半後の福岡ポエイチでも同様に素晴らしい作品に出会えれば、という思いを抱くと同時に、自分もそれらと同じくらい高質な文章を書きたいと奮起させられた点においても、非常に有意義なものがありました。
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2013.04.28 / Top↑
昨年の今頃にも同じことをこのブログで書いたのですが、戦後日本のアカデミズムは、軍事を学問的立場から考察するということを基本的に拒否してきました。その結果、目下の日本は、世界有数のソフトパワーを有する国にして軍事学の専門家がほぼ絶無という状況にあります。

その状況がもたらしてきた功罪については別の機会に語るとして、いずれにせよ、この国で軍事に関する情報を集めるということは、たとえそれが自国のかつての軍隊に関することであっても、容易ならざるものがあります。

仮に情報が集まっても、それが断片的なものに過ぎない、ということがしばしば。

そんな厳しい環境の中で創作され、物語の軌跡を描いていく本書の登場人物たちからは、著者の軍人に対する愛着・憧憬が感じられました。


神風零 『桜花 (一~四)』 (大和雪原: http://yamatoyukihara.web.fc2.com/


旧海軍の航空隊を舞台とするこの作品は、一筋縄ではいかない事情で母性の塊のような存在となった隊長・山崎、歩く殺戮兵器・純矢、とある事情から純矢に片思いするようになった女性・百合子と、『コンバット!』を軽く凌駕する、『終戦のローレライ』級のクセモノが何人も登場してきます。そして、太平洋戦争開戦以前から開戦後の南方、そして内地、フィリピンと、舞台が転じていく中で、これらのクセモノが各々身を置く環境に殉じていく様子が描かれています。

既刊4巻、合わせると文庫本600ページほどの分量ですが、著者の方から頂いた発行本目録によると、まだ完結しておらず、もう4巻ほど書かれる予定なのだとか。書く側としても読む側としても小説に関しては長編志向である身としては、今後続刊が出るならば、是非読みたいところ。

登場人物の設定と、その背後に描かれる時代の考証が丁寧になされているためか、2巻目以降を読んでいても疲れることはなく、話の展開が破綻する、といったこともありません。

第1巻の初版発行が2006年、第4巻の初版発行が2012年と、かなりの長期間に渡って書かれ続けている作品ですが、途中改訂する際に文体の調整を行っているのか、筆致の変化もあまり見られず、この点でも読みやすい作りになっているといえます。(ちなみに、私の小説『帰るべき国』は、文庫本1000ページほどの分量を1年強かけて書いたものですが、韓国で印刷・製本した初版では、冒頭部分とクライマックスで文体にかなりの差異が生じていました…)

率直に言うと、読み手である私が小説を書く時、登場人物の個性に依拠して物語を進めるというスタイルをとらないため、本書の中に「軍人やその周辺に立つ人々の背景や思想が話の流れを圧迫している」と感じるところが幾分かありました。ただ、著者が軍人を描きたいという思いから筆をとっていることを考えれば、むしろ人物像が筋書きを圧倒するのは当たり前かもしれません。

物語の中に何箇所か、韓国の友人たちから聞かされる徴兵中のエピソードと重なる場面もあり、その点でも楽しく読むことができました。
2013.04.25 / Top↑
小学校高学年から中学生にかけての時期、その頃駆け出しの鉄道ファンだった私は、平均して月に一度、千円札二、三枚を握り締め、地元から程近い場所にある、一種の『異世界』へと通っていました。

その『異世界』とは、横浜市内・鶴見駅から東へと伸びる路線・鶴見線。

首都圏のJR路線では最後の戦前製電車が走り、終端駅の一つは一般の乗客が駅の外へ出られず、更には横浜市内とは到底思えない、20分に1本、3両編成の電車がやってくるというダイヤ。

要するに、駆け出しの鉄道ファンを魅了する要素に満ち溢れた路線な訳ですが、私がこの鶴見線に惹かれた理由は、他にもありました。

それは、日中、乗客のほとんどいない(時には自分外に乗客がいないことも)電車に乗り、最高速度40km/hの車窓から工場地帯を眺めている時に感じる、どうしようもないほどの「彷徨いこんでしまった感」。退廃的という言葉ではおよそ表現しきれない工場群、雑草に覆われ、錆付いた貨物用側線のレール、時折やってくる貨物列車、お世辞にもきれいとは言い難い空気。日中閑散時間帯や休日の鶴見線は、それらが渾然一体となって、「流れ着くところへと流れ着いてしまった」という思いを車内の一鉄道ファンに抱かせるのです。

工場地帯と貨物用線路に囲まれ、鶴見線・南武支線のホームがそれぞれ申し訳なさそうに立地している浜川崎駅もまた、そうした渾然一体となった雰囲気に満ちている空間です。

この、他の路線とは一線を画す、それだけで一つの世界を構成しているようにも思える雰囲気に惹かれた私は、何度も何度も鶴見線へと通いました。やがて鶴見線に愛着を抱くようにさえなった私は、その当時から15年以上を経た今でも、この京浜工業地帯の中心部を走る路線へと足を運び続けています。

工場群に囲まれ、「流れ着いてしまった」という感覚を抱きつつも、やがてそこに愛着を抱いていく。

ひょっとすると、文学の王道を歩かんとする同人作家氏が、ほぼ同じ場所で似たような感覚を抱いたのかもしれないと思いました。


牟礼鯨『南武枝線』(西瓜鯨油社: http://suikageiju.exblog.jp/


物語の舞台として描かれるのは南武線・南武支線の沿線。

「さみしそうな人」と形容される主人公が、痴漢から始まる恋をしてしまい、その相手に執心し、しかしやがて心折れていく過程を、時にコミカルな表現で、時に視点を変え、時に時系列をずらし、時にゲシュタルト崩壊を招来する文体を組み合わせて物語に仕立てています。

文学フリマ常連サークルであり、文学性を大変に重んじる方ということもあって、文体は文句なしにきれいです。

本文中に、浜川崎をさして「あるべき場所を喪ったのか、それともあるべき場所に戻ったのか」という一節があります。これが上述した私の感覚と重なるものなのかどうかは判断のつきかねるところです。ただ、当該表現が登場する箇所を含め、著者が工場地帯の中に位置する浜川崎の「渾然一体となった雰囲気」を捉えたことは間違いないと思います。
2013.04.21 / Top↑
歴史小説を書く時に最も手間を要する作業として、「舞台となる時代を生きた人々の思い、或いは感性」へと考えをめぐらせ、それを自らの文章の中でごく自然(あくまで「忠実」ではなく「自然」)な形で再現していく、というものがあります。

今回の文学フリマでの「お隣さん」は、この、異時代の人物の感覚や感性を無理なくストーリーに溶け込ませるという手腕に、大変長けた方でした。


唐橋史『出雲残照』
(サークル名「史文庫~ふひとふみくら~」: http://www.geocities.jp/fuhito_fumikura/

既に文学フリマへの出展歴も長く、人気サークルとなっている方です。

今回購入させて頂いた『出雲残照』。裏表紙に記されているあらすじは以下の通り。

「戦乱の大陸を捨てて海に漕ぎ出した張旦は、東海の倭国に辿り着く。その地を治めていたのは聡明な王・「イズモタケル」だった。彼の元で平穏な日々を送る張旦だったが、その平和の王国にも戦火が迫る・軍勢を率いてやってきたのは大和の皇子・「ヤマトタケル」―もう一人の「タケル」だった」(原文ママ)

古事記の一部分をベースにして構成されているというこの物語は、張旦という架空の大陸出身者の視点から物語を描くことで、古の神話の世界に生きる倭人たちの姿を、無理のない形で描き出しています。ストーリーラインと登場する倭人のイメージ、そしてそれを語る主体・張旦の設定の自然さ、それらの諸要素が著者の古典、とりわけ古事記に対する深い理解に促されて調和した作品、と形容することができるでしょう。

倭国に流れ着いた張旦が、イズモの人々と生きるようになり、その王と会うに至る過程。張旦の視点から捉えたイズモの王の人間性、そして彼らの周囲で起こる出来事と、その後変容していくこととなる張旦とイズモタケルとの関係。文庫本100ページ強という長さの物語の中で、それらの諸要素が決して駆け足にならず、かといって過度に装飾されることもなく綴られていくところに、作者の文章力が感じられます。

注目するべきは、上述の適度に緊張感を含んだ物語が、長大にならず、また重苦しくなることもなく、しかし人間の内面描写という「厚み」を伴って進行しているという点です。自分が常に「重厚長大」をフルセットにして小説を書いているだけに、この4要素のうち「厚」だけを残し、他の3要素を切り落としたかのような作品を作り上げた作者には、脱帽するものがありました。

ちなみに、作者の方は、「多くの人に『古事記』の世界に興味を持ってほしい」と願っておられるのだとか。

バッチリ洗礼も受けたキリスト教徒のくせに聖書の世界に「入っていけない」と公言する私・高森が、果たして古事記の世界に入っていけるか、少し不安です…
2013.04.19 / Top↑
目下、私・高森は去る2月に現地取材を行い、9月の完成を目指す形で、タイのインドシナ難民を題材とした小説を書いています。

現時点での進捗状況は5万字弱、全体の3割程度を書いたに過ぎない状況ですが、本業での予定(学会発表や博士論文など)との兼ね合いから、著者は上記作品の執筆と並行して、来年完成予定の作品の準備も始めつつあります。

来年の作品のテーマは「分割統治と民族アイデンティティ」および「祖国から隔離された国家アイデンティティ」。舞台は、私の小説としては初めてとなる西アジア、いわゆる「中東」です。

既に9月第2週にアブダビおよびドバイへ行く航空券を手配済みであり、訪問先について下調べをしているのですが、その過程でドバイ首長国の首長シェイク・ムハンマドの公式サイトを見ていたところ、このようなページを見つけました→■

ムハンマド首長の詠んだ詩です。

興味の赴くまま、これらの作品を目で追っていった私ですが、ふと、‘I Saw a Star’と題された作品のところで、マウスを動かす手が止まりました。

以下に、当該作品の冒頭部分を少し引用します。


I Saw a Star
A lonely star I once beheld from afar,
A waking star, one of many upon which we ponder.

It fell from space, perhaps from another universe,
Our own space it invaded, through other constellations.

I shivered at her sight, engulfed with tremendous joy,
My heart quivered with love, and my eyes shed many tears…

Quoted from: http://www.sheikhmohammed.co.ae/

夜空を見上げた時、目に入ってくる各々の星の「運命」に思いを馳せ、そしてその時に広大で、時に儚い「運命」に溜息をつき、さらにはその運命や運命の儚さを夜空以外の何かに仮託してしまいたくなる、ということが多々あるのですが、遠く離れた部族社会の絶対君主も似たようなことを思ったりするのかと、不思議な感覚を抱いたものです。

前置きが大変長くなりましたが、今回の文学フリマでは、詩集も複数購入させていただきました。

夏野雨『水玉通信 Vol. 4』(Twitter: https://twitter.com/ame_natuno)
待子あかね『スカイランド』(Blog: http://ameblo.jp/machikoakane/)

学術論文と歴史小説という、2種類の異なる文章を日常的に読み書きしていると、言葉には多様な側面・性質があると感じる場面に出くわすことがすくなくありません。そして、詩というものに触れると、その種の感覚、即ち「言葉の持つ多面性」を提示され、新鮮さを抱かされることは特に多くなります。

この感覚、よく伝わるかどうか不安なので、以下、「鍋と菜箸」を使って例を示します。

普段、煮物や揚げ物、或いは焼き料理など、色々な目的に使っている鍋と菜箸。これを、ふとした折に子供が手に取り、菜箸で鍋の底を叩く「太鼓遊び」に転用。この光景を見た大人は、「鍋と菜箸をそんな風に使う手があったか」と、子供の発想の柔軟さに思わず笑ってしまう…。

詩を読んでいると、私はこんな具合で、「なるほど、言葉にもそんな使い方があったか」と気づかされる場面が多々あります。

夏野雨さんの『水玉通信』に収録されている詩「リズムトーン」は、言葉が紡がれていく過程で主体(そもそも、作者が詩の中でそんなものを明瞭化しようと思っていたかどうかすら不明ですが)がコロコロと変わり、人間らしい存在から気象に至るまで、さまざまな事物が行ごとの主体となって言葉を発する、という形をとっています。

まさに、言葉を遊び道具として感覚的に紡いでいくという、詩ならではの面白さを示してくれています。

待子あかねさんの『スカイランド』は、キーとなる言葉(「夢」や「スカイローズ」)を繰り返しつつ作者の思いのアウトラインを浮き彫りにしていく作品があったかと思えば、明瞭にはわからない、しかしその存在をはっきりと感じる主体から発せられる形をとった言葉をつづることで、薄暗さ、寂しさ、そしてほのかな明るさを浮き彫りにさせる作品があったりと、多様な作品を収録しています。

言葉を、遊び道具のように用いて楽しむ。しかし、同時にそこに軽薄にならない、厚みのある「何か」を感じさせる、そんな作品集でした。

詩を書かない者として、言葉というものの多様性を楽しむ機会を得た二冊でした。
2013.04.18 / Top↑
今回からしばらく、先日の文学フリマで購入したor頂いた本などの感想を記していきます。


稲葉渉『北朝鮮』

2013041521220000.jpg

名前の通り、廃墟を中心とした写真集およびDVDを出しておられるサークル・廃墟探索部さん(http://ruins.tv)の写真集ならびにDVDです。

拙著『帰るべき国』をご購入下さった撮影者の稲葉さんから、ありがたいことにプレゼントとして頂いたものです。

東アジア政治の研究をやっているという立場上、近距離圏を中心に海外渡航の頻度が比較的高く、これまでに行った国・地域の数もそこそこ多い私・高森ですが、北朝鮮は未だに行ったことがありません。

私にとっては言葉が通じる国でもあるので、是非行ってみたいんですがねぇ…。

何しろ、渡航費が高いんですよ…。

1週間弱、ガイドに案内されて平壌や開城を巡ると、お一人様20万円以上。

訪問客から可能な限り外貨をせしめようとする思惑と、根本的な市場競争の欠如が合わさり、こんな価格設定に。

参考までに、今年2月、私が新作の取材でタイ・マレーシアを5日間訪問した際の総費用(飛行機代+ホテル代+現地での雑費+羽田までの電車賃)が約6万円。

「東南アジア旅行3回分」と「北朝鮮旅行1回分」。どっちをとるかと訊かれれば…

やっぱり私は前者をとります(笑)。

そのような事情もあって、私たちにはその内情が掴みにくい国となっている北朝鮮。

稲葉さんの撮られた写真および映像には、恐らく相当限定的ながらも、同国の風景やそこに住む人々の姿が映し出されています。

平壌や開城居住者ということで、出身成分は相当良好な方なのでしょうが、それでもこの写真集・DVDには、かの全体主義国家で動員「される」側にいる人々の姿が鮮明に映し出されています。

独裁政権下の経済政策で何本か論文を書いてきた者として、学術的な見地からも大いに惹き付けられた作品でした。

そういえば、DVDの中で語られる稲葉さんの言葉の中に、「映像には撮れなかったが、平壌中心部から離れたところで、日本から入ってきたのであろう中古バスが、阪急バスの塗装のまま走っていた」というものがありました。

フィリピンに行くと、日本製の中古トラックが佐川急便の飛脚のマークをつけたまま走っていたり、同様に日本の中古バスが神奈川中央交通の塗装のまま使われているという、上記の「阪急バス」に似た光景をよく目にします。

北朝鮮の経済事情の一端が垣間見えた気がして、興味深いものがありました。

ちなみに、上の画像にあるように、廃墟探索部さんはチェルノブイリの写真集も出されていたので、購入させていただきました。

今後、稲葉さんは自動車産業衰退後に荒廃の進んだデトロイトへと撮影旅行に行かれるのだとか。

デトロイトに行ったことのある者として、アドバイスできる点が1つ。

あの町は、ガチで映画『ロボコップ』の世界です。どうか最大限のご用心を…。
2013.04.16 / Top↑
初の大阪開催となった第十六回文学フリマが終了しました。

昨日昼前に関空に着いた時点では、未明の地震の影響で電車のダイヤが乱れており、心配なところもありましたが、幸い地震による人的被害は少なく、イベントは無事に開催されました。
今回、私・高森のブースはお陰様をもちまして全作品完売となりました。当ブースにお越しくださった皆様には厚く御礼を申し上げますとともに、品切れのためにご希望の作品をお求めいただけない場面がありましたことをお詫びいたします。

今後の即売会では十分な数の作品をご用意して参りますので、何卒ご了解願います。

尚、今回のイベントでは、面識のあるサークルさんとお話しする機会にも恵まれました。この点については、サークルさん方の作品の読後感を兼ねて、後日…。
2013.04.14 / Top↑