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日本時間の昨夜、私のメールアカウントに、ワシントンD.C.にある合衆国ホロコースト記念館から、1通のメールマガジンが届きました。

この記念館は、在米ユダヤ人ロビーがその資金力を活用し、ワシントン中心部、連邦議会議事堂からも徒歩圏という一等地に建設した、ナチスのユダヤ人虐殺を主な展示内容とする施設です。

私が同館を訪れたのは既に8年前。まだ21歳、学部3年生だった頃です。展示内容を見学した後、スタッフの方から芳名録への記帳を勧められ、メッセージを残したのですが、その際、芳名録の所定欄にメールアドレスを記入してもらえば、今後記念館からのメールマガジンを送付するという旨をも告げられ、当該欄に自分のPCアドレスを書き入れておきました。以来、月に一度程度、ワシントンから記念館の活動やイベントを伝えるメルマガが送られ続けています。

このメルマガの特徴は、そこで取り上げられる話題が必ずしもホロコーストに直接関係するものばかりではないということ。「ナチス」「ユダヤ人」といった固有名詞の枠を外し、大量虐殺や人道問題にかかわる事柄について、第二次大戦後に起こったものについても言及しているのです。例えば、2年前南スーダンとして独立した、いわゆるダルフール地方での虐殺など…。

これは「自分たちは内向き・後向きの考えばかりを持っているわけではない」「自分たちはユダヤ人の自民族中心主義に固執している訳ではない」という在米ユダヤ人団体のアピールでもあります。その関連として、この記念館のメルマガや各種頒布物は、ユダヤ人を主流とする国家・イスラエルによるガザ地区封鎖が同地区の住民にどのような影響を与えたか、言及を回避しています。

しかし同時に、上述のエクスキューズや政治的事情に基づきつつも、在米ユダヤ人たちが(或いは彼らとコラボレートするアメリカの知的エリートたちが)「ホロコーストのような虐殺は過去の話ではなく、今日の課題でもある」とし、スーダンやコンゴ、旧ユーゴ、そしてチェチェンなど、かつての惨劇と共通項を有する現在の悲劇について幅広く言及している点、そしてそれが、様々な政治的・経済的・文化的・社会的・歴史的背景を持つ人々に対する、彼らの主張の訴求力を高めている点、私たち日本人はもっと参考にしていいのかもしれません。

あと2週間すると、歴史上初めて核兵器が実戦で使用されてから68年となる日がやってきます。

この68年の間に、核兵器やその開発をめぐる諸条件・環境、或いはそれらの持つ意味合いは大きく変化してきました。大量破壊兵器という言葉が使われて久しいように、軍民を問わない大量殺戮が可能な兵器は、既に核だけではありません。

原爆投下地に居合わせ、この世の地獄を目の当たりにし、その後も長らく被爆者差別に、或いは後遺症に苦しんできた方々の言葉を見聞した私たちは、その実体験に基づく言葉と目下の現実をつなぎあわせる努力を、換言すれば、自国で起こったことから普遍的教訓を導出し、それを他国の事例に応用していく努力というものを、もっとしていいのではないかと思うのです。

もし、広島と長崎への原爆投下という事実のうち、軍民問わぬ無差別な殺戮という中核部分を抜き出し、それを現下の世界へと応用するならば…核兵器以外をも含む大量破壊兵器全般について、もっと広い視野を持つことができるでしょう。そうして広く、柔軟な視野を持つことは、かつての惨劇、そしてそれに類似する悲劇を繰り返さないためにとれるアプローチを、より多く見つけることにもつながります。

勿論、日本人が過去に受けた被害を一般化・普遍化し、それを時代も場所もことなる問題へと当てはめる言説へと昇華させていく上では、上述したホロコースト記念館の活動の例のように、様々な制約がつくでしょう。しかし、自分たちの国の経験を「他でも起こりうること」として普遍化しよう、そうすることで自分たちの考えを背景の異なる人たちにも理解してもらおうという努力は、単に「広島でこのような出来事があった」というところで思考を停止させ、「広島に(或いは長崎に)原爆が投下されたのは何時何分であったか」ということを暗記することに汲々とするよりも、遥かに建設的であると思うのです。

もとより、そうした「特定のメッセージから普遍的要素を抽出する」という思考力を要する作業は、容易ではありません。私・高森は再来月、所用で13年ぶりに広島を訪れるのですが(勿論、平和公園も再訪するつもりでいます)、この13年の間、自分が戦乱の原因の1つである貧困の、その克服方法の1つをフォローするだけで手一杯だったことを鑑みるに、「言うは易し、行うは難し」を実感しているところです。

ただ、それは不可能なことではないはず。

およそ60年前、第五福竜丸事件を知ったこの国の映画制作者たちは、同事件から核の脅威という要素を抽出し、それを訴える映画を作りました。

言うまでもなく、『ゴジラ』です。

この映画が、第五福竜丸の被爆者による生の声にも匹敵するだけのメッセージ性を持ち、日本映画史に残る名作となったことは言うに及ばず。

そうしたクリエイティビティが、60年経った今でもこの国に存していることを、私は疑いません。
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2013.07.24 / Top↑
8日・9日の両日、研究資料を探しに釜山へ行ってきました。2年間の高麗大への留学を別にすると、私にとっては13回目の韓国渡航となりました。

現在、私は本業では、1960年代から現在に至るまでの韓国の農村政策を時系列的に分析するという研究をしています。詳しく話すと、過去半世紀を通じて貧困国から高所得国へと発展を遂げた韓国の経済政策のうち、農村政策に着目し、その変化と社会的影響を分析することで、発展途上国における落伍地域となりがちな農村の生活水準向上に結びつく要素を抽出する、という作業をやっています。

今回韓国へ出向いたのは、この半世紀の韓国政府の諸政策のうち、1980年代の政策の詳細について書かれた書籍がないかを探すため。

実は韓国政治の研究においては、1960~1970年代の朴正煕大統領(現大統領の父親)が君臨した時代と、1987年の民主化以降現在に至る時代にについては数多くの文献が出ているものの、その間、全斗煥大統領の治世については、ブラックボックスとなっている部分が少なからずあります。

その、未だブラックボックスに留まっている時代を扱った文献がないか、書店を巡ったのですが、釜山市内の一角にある大型書店で、先月出版されたばかりの、興味深い新刊本が平積みにされているのを見つけました。

本のタイトルは、『まだ生きている者 全斗煥(아직 살아 있는 자 전두환)』。私が求めていた、1980年代の韓国政治に関する本ではあります。しかしそのタイトルは、かの国が民主化される前の、四半世紀に下野した大統領を指して「まだ生きている者」と形容するもの(実際、全斗煥元大統領は存命中です)。

私にはそのタイトルが、「まだ生きている人物の政策を客観的に研究しようとするのは、時期尚早だよ」と訴えているようにも思えました(勿論、当該本は購入しましたが…)。

人の評価は、その棺に蓋が被せられた後に定まる、というのはよく聞く話。近世の将軍のように、没後数十年から数百年も経た人物であれば、その毀誉褒貶も定まるのでしょうが(ちなみに今日、グレゴリオ暦7月12日は、江戸幕府中興の祖として名高い8代将軍・徳川吉宗の命日です)、当該権力者の治世からたかだか30年しか経過しておらず、当時の関係者もその多くが生きているという中では、その功罪を客観的に見るのは容易ではない、ということなのでしょう。

もとより、ある権力者の治世を客観的に捉えようとする際、時間の経過ばかりに任せるのは学徒としてあるまじき怠慢というのが私の心得。その点で今回の訪韓は、政治学を学ぶ者として、課題意識・目的意識を改めて確認する好機となりました。

さて、今回の訪韓に際しては、出発前日に都内で開かれた即売会・東京ポエケットで購入した作品を旅の御供として持っていきました。以下、その感想を綴ります。


夏野雨『水玉通信』Vol. 3, 5, 6

4月の文学フリマ、および先月の福岡ポエイチで購入した小冊子(既刊6巻)の未購入分をまとめて購入しました。

以前の記事でも言及しましたが、夏野さんのショートショートは、無駄が徹底的に排除された作りでありながら、心温まる物語という特徴を持っています。子供向けの童話として読めるものになっていると同時に、心の乾いた大人が読むに相応しい作品群です。


わき ともこ『サイバーパンク』

ブースで立ち読みした際、著者の方に思わず「ニヒルな内容ですね」と言ってしまった詩集(失礼!)。タイトルの通り、デジタライズされた都市文明に対する反抗が垣間見える詩が収録された作品集です。

一般に青春と呼ばれる時期、既存の秩序を自分が「超越」していく対象と見なしていた私は、ついぞ眼前の現実を「反抗」の対象と見ることのないまま中年の入口たる年齢に至ってしまったのですが、そんな私にも、著者の紡ぎ出すニヒリスティックな言葉は魅力的なものと思えました。

「おまえら、眼前の現実を(そしてそれに疑問も持たず順応しようとしている自分を)少しは「おかしい」と思え」と。


柳田のり子『泥の小舟』

著者が、現実生活で八方ふさがりな状況に陥っていた時期に、書くことだけを考えて筆を執ったという短編小説。大学を卒業後、宙ぶらりんのままフリーターをやっている主人公が、その職場で同年代の女性と会い、また職場での混乱に巻き込まれる過程が描かれています。

以前、True MemoryのTAKAさんが書いた小説の感想を綴った際にも少し述べましたが、現代の日本で二十歳前後というのは、「周囲が自分を分かってくれて当然」な子供の対人関係から、「自分が周囲を分かろうとし、かつ周囲に自分を分からせる」大人の対人関係へとシフトしていく、社会性の過渡期。しかし、世の中、この過渡期を巧妙に切り抜けられる人間ばかりじゃない。

本作品は、当該シフトの過程で失敗し、「誰も自分を分かってくれない」と塞ぎ込む主人公の心理描写が巧みに描かれた物語です。

本文中に登場する抽象化された挿絵が、自分の中では物語の流れと上手くマッチしていました。
2013.07.12 / Top↑
今、研究資料収集のため韓国に来ていて、釜山市内でこの記事を書いています。PCの日本語環境がやや不安定なので、文字化けがあるかもしれない点、予めご了承ください。(지금 부산에서 이글을 쓰고 있습니다. 일본어 입력환경이 약간 불안정임으로 글 표시에 오류가 발생할 수 있는 점 양해하시기 바랍니다.)


昨日、東京の江戸東京博物館で開かれた東京ポエケットに行ってきました。会場が研究室の最寄り駅(=御茶ノ水)から電車で8分、初乗り運賃で行ける場所だったので、日曜の午後、「ふらっと立ち寄る」感覚で覗いてきました。

防音対策の施された、小さな劇場としても使用可能な会議室での開催ということもあり、会場は照明が少し暗めの落ち着いた雰囲気。窓のない区画で照明を抑制していたということで、マンガや写真集の販売には難が出てくるかもしれませんが、詩や小説といった文字を媒体とする作品の即売会場としては、むしろ居心地がよいのではないかと思いました。

私が会場に入ったのが午後3時半過ぎ。丁度、会場内のステージでは朗読のパフォーマンスが行われていました。

ただ、パフォーマンスといっても、福岡ポエイチのゲストトークのように、ギャラリーが静まり返ってパフォーマーを注視し、対するパフォーマーもギャラリーの視線を意識してしっかりと形作られたものをやる、というものではなく、進行役がギャラリーにちょいちょい「(ステージ上を注視したり、パフォーマンスに遠慮したりしないで)普通に販売作品を見ていってもらって構わないので…」と言うような展開。

会場入口のイベント名を記したボードが手書き、というところにも表れていたように、全体として緩い雰囲気のイベントでした。

会場内では、福岡ポエイチでお会いした方々ともご挨拶する機会がありました。ポエイチのコーディネータをされていた夏野雨さんのブースでは、本ブログで以前に取り上げた『水玉通信』バックナンバーの未購入分をまとめ買い。その後、ポエイチ同様に「人類根絶に御利益のあるお守り(という体裁の詩集)」を販売されていた神保茂さんともご挨拶。神保さんが、実は私の所属先の先輩だということを教えていただいたり…。

このイベントでは、上述の『水玉通信』のバックナンバー以外にもいくつか詩集や小説を購入しました。それらの作品の感想については、また後日記事に書きたいと思います。


<お知らせ>
10月6日に東京都立産業貿易センターで開催されるイベント「タトホン」に出展します。頒布作品等の詳細は未定ですが、こちらの一件、記憶の片隅にとどめておいていただけると幸いです。
2013.07.09 / Top↑