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昨年9月にUAE(アラブ首長国連邦)で現地取材を行い、執筆を進めていた長編小説『賢人支配の砂漠』が書き上がり、印刷業者に製本を発注しました。


『賢人支配の砂漠』

東京の大学で教鞭をとっていた在日韓国人三世の経済学者・鄭太植は、UAEの大学から「専任教員としてこちらに来ないか」というオファーを受け、妻と共に同国へ赴任する。在日韓国・朝鮮人をめぐる左右両翼のイデオロギー対立に辟易していた彼にとって、アラビア半島への赴任は、そうした不毛ともいえる諍いから身を遠ざけてくれるものであった。

人口の9割が外国人、つい四十年前まで沿岸部の小さな港町であったという「歴史なき都市」ドバイ。そこに住み、妻との異国生活を楽しみ、そして研究を進める中で彼は、猛烈な速さで近代化の階段を駆け上がるUAEの政治社会的な安定を、同地の伝統に根差した属人的な社会秩序が支えているという事実に気付いていった。やがてそのことは彼に、在日韓国人として少なからず関わることを強いられた「参政権問題」への、従来とは異なる視点を与えることとなる…。


UAEは、西洋的な視点からすればムバラク時代のエジプト以上に議会制民主主義から遠い体制下にある国です。にもかかわらずこの国は、エジプトでムバラク政権が、チュニジアでベンアリ政権が倒されていく中、その絶対君主制の連合体という体制を維持することに成功してきました。

本作品は、2000年代後半、リーマン・ショックやドバイ・ショックに前後する数年間のUAE・ドバイを描き、この国の『非民主性』が存続している理由の一つを明らかにするものです。西洋的には非民主的ともいえるUAE。その統治の一端に触れることは、私たち日本人が「社会を支配すること」をより広い視野から見ることにもつながるのではないかと思っています。

字数は約17万。B5版横書き2段組みという従来作品と同様のレイアウトで、計118ページ。頒布価格は1冊300円となります。

5月5日に東京流通センターで開催される第十八回文学フリマにて頒布を開始しますので、御期待頂けますと幸いです。
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2014.02.28 / Top↑
1週間ほどかけて、次回作・次々回作の現地取材として台湾及びカンボジアを訪れて参りました。

<台湾>

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台湾そのものを訪れたのは3年ぶり3回目。3年前は拙作『疎遠なる同胞』の取材でホーチミン・シティを訪れる途上トランジットにて立ち寄ったのですが、その時は乗り継ぎ時間の都合で1日のみの滞在。泊りがけで台湾に滞在したのは、これまた拙作『半島と海峡の狭間で』の取材で訪れて以来、7年ぶりのことでした。

前回乗車時は板橋以南のみの仮営業であり、本数も60分に1本しかなかった台湾高速鉄道。7年経って、台湾の人々の足としてすっかり定着した様子でした。

さてこの台湾。東京からのフライトだと3時間半ないし4時間を要する場所にありますが、沖縄・那覇からだと1時間ほどで着く島でもあります。この事実に改めて目をやると、沖縄と台湾という2つの地域を結び付ける歴史的経緯も見えてきます。

私にとって台湾は、修士論文の事例研究で韓国とともに取り上げた思い入れの深い土地でもあります。作品完成は少なくとも来年以降になってしまうのですが、今後台湾・沖縄という、2つの美しく、そして麗しき島を結びつける物語を書きます。

<カンボジア>

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今回が初訪問となったカンボジアですが、したたかながらもスマイリーかつフレンドリーな人が多く、英語が通用する場面も多く、また(ベトナムと同じく)旧フランス領ゆえかパンとコーヒーのおいしい同地での滞在を、楽しく過ごすことができました。

内戦が終結して20年以上。今では経済成長著しいカンボジアですが、1970年代後半の4年間、この国はイデオロギーと、そして独裁者の猜疑心ゆえに数十万とも百万以上ともいわれる人々が虐殺されるという時期を経験しました。

ポル・ポト政権の時代です。

上の写真のうち1枚目は、そのポル・ポト政権時代に政治犯収容所として使われたS-21、現在はトゥール・スレン・ジェノサイド・ミュージアムとして公開されている施設の一室です。この部屋に政治犯として連行され、拷問を受け、殺された方々は数えきれないとのことです。

一国の首相であったポル・ポトが、同じクメール人である多くの人々を思想ゆえ、そして自身の疑い深さゆえに葬っていったという事実をつきつける、そのような施設でした。

The madness which caused such a tragedy still lives in us all. Therefore, we must keep this fact in mind.
(かくなる悲劇を引き起こした狂気は、今なお私たち全員の中に生き続けている。だからこそ、私たちはこの事実を心に刻まなければならない)

S-21の一角に置かれた芳名録には、そう書いておきました。

今年末を完成目標として書くことになる作品は、その狂気を、そしてその狂気が東西対立・中ソ対立という国際的な冷戦構造の中で政治的に利用されていった経緯を取り上げたものになります。

御期待いただけますと幸いです。
2014.02.22 / Top↑
昨日、前年来政治混乱の続くタイで総選挙が行われました。

そして、誰もが予想した通り、総選挙の実施はこの混乱を収束させることに(少なくとも投票翌日の現時点では)失敗しています。

30バーツ医療をはじめとする各種のポークバレルによって、数の上で圧倒的に多い農民・貧困層から支持を受けているタクシン派と、絶対数こそ少ないものの首都バンコクで存在感を示す反タクシン派との対立。前者が「一人一票の大衆民主主義」によって自らの正統性を示そうとしているのに対し、後者が「少数の見識を持った賢人による善政」を志向している以上、両者間の対立が選挙によって解決できないのは当然といえば当然です。

私は、昨年11月の文学フリマで頒布を開始した拙著『近しき異邦人』の中で、タイにおける立憲政治を「誰からも愛されることのない憲政」と記しました。

タイの立憲政治とは20世紀前半、国王の取り巻き連中が自分たちの専横を国王と憲法の名において正当化するために生み出した便宜的なものであり、その出自において愛着の客体たりえなかった、という趣旨です。

また、同拙著の中で私は、20世紀を通じてクーデタが年中行事化していたタイにおいて、1992年以降軍が政治の前面から退くようになったのは、巷間言われるような「民主化」ではなく、タイ政治における「ブルジョワ民主主義への移行」だったのだということを、当時民主化運動を率いていた学生らの強烈なエリート意識と排除意識を描くことで物語の一部としました。

ブルジョワ民主主義。一定の資産と見識を持ち、また社会に対する一定の責任を負う資質・能力を有した賢人による善政。かつて私たちが中学や高校の歴史で習った西洋の市民革命によって生まれた政治体制が、それです。アメリカ合衆国建国の父たちがまさに憂慮した通り、大衆民主主義が少なからぬ衆愚性を帯びる現代世界にあっては、こうした賢人支配が相応の魅力を有したものに見えてしまうのも事実。

ただ、ここで問題になるのは、現代世界において政治を担う賢人の見識や資質を図る明瞭な基準があるのかどうかということ。少なくとも管見の限り、現時点でそのような基準を設定することに成功した政治学者はいません。

前回の小説でインドシナ戦争時代のタイを描く中で直面したこの課題は、舞台をUAE・ドバイに移した次の作品にも引き継がれており、それは当該作品の題名『賢人支配の砂漠』にも見てとれるかと思います。

なお、上述した「誰からも愛されることのない憲政」という表現は、元々は私が本業で専門とする韓国政治の研究において抱くようになった言葉です。

ベトナムのように自力で植民地宗主国を打倒した訳ではなく、またインドネシアのように祖国の独立に情熱を燃やし、死力を尽くした指導者がいる訳でもない国・大韓民国。その政府樹立は独立闘争によって得られた果実ではなく、米ソ両国による朝鮮半島分割の産物でした。また初代大統領・李承晩は名目上亡命政府の指導者に名を連ねた過去を持つものの、北朝鮮の金日成のように日本に抗すべく銃を手に取った、ということもありませんでした。

過去10年余り、韓国政治の勉強をする中で私は、(日韓両国のメディアが好んで取り上げる好戦的な自民族第一主義の言説に反し)いかに韓国のインテレクチュアルが根っこのところで上述したような祖国・大韓民国を愛さずに、そして愛せずにいるかを目の当たりにしてきました。そうした国家あるいは憲政への愛着の欠落という点において、タイもまた共通したものを抱えているように思えたのです。

もとより、愛されず、顧みられることのない憲政というのは、しかし意外にも持続力を発揮することがあります。むしろ、現実の姿を必要以上に美化し、幻想交じりの期待と愛情を注がれた体制ほど、その装飾と幻想が剥離・霧散した途端に嫌悪と不満の対象へと容易に転化します(卑近な例としては、ムバラク退陣後のエジプト情勢が挙げられるでしょう)。

タクシン派と反タクシン派。王室を頂点とするタイの現在のナショナル・フレームワークがある意味で風前の灯火となり、近い将来根本的な変化を経験することが避けられずにいる今、両派が自国の憲政について現実離れした夢や幻想を抱くことなく矛を収める落としどころがないものか、気を揉まずにはいられません。
2014.02.03 / Top↑