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先日、6月7日から8日にかけて福岡市で開かれる即売会・第3回福岡ポエイチへの出展手続きを済ませました。私・高森は2日目となる6月8日に出展し、以前の記事でご案内した新作『賢人支配の砂漠』などを頒布する予定です。同様に出展が確定している5月5日の第十八回文学フリマと併せて、ご記憶いただけますと幸いです。

さて、先週末から今週の初めにかけて、研究資料の収集を目的として韓国・ソウルの国会図書館へ行ってまいりました。

学部生の頃から幾度となく利用している韓国の国会図書館。昨年の前回利用時と違い、今回は著作権法の規定に基づき、閲覧資料の複写に一定の制約(本一冊の全ページを一度にコピーすることはできず、最低でも3回に分けなければならないetc)がかかるようになっていました。

知的財産権は保護されなければならないが、この権利をあまり厳格に保護してしまうと、著作物を研究目的で利用する際に支障をきたしてしまう…この辺の均衡をとる中で落としどころに悩まされているのはどの国も一緒のようです。

以前利用したワシントンのアメリカ国立公文書館は、館内でコピーされた資料の写本に全て「国立公文書館にて複写」という意味の文言が小さく印字される仕様になっていました。

研究上の知的財産権に少しばかり関連する話題として、このところ、STAP細胞をめぐって研究上の不正があったのかどうかがメディアで大きく取り上げられています。私は社会科学専攻の身なので、全くの専門外であるSTAP細胞の研究について個別具体的な話はできないのですが、一研究者として言えることは、

1, 証明したい理論Aがある
2, しかしその理論を証明するための材料がどうにも揃わない

という状況に置かれ、

3-A, 揃った材料に手を加え、理論Aを証明できたことにしてしまう
3-B, 揃った材料の範囲内で証明できるものへと理論Aの内容を縮小させ、理論Bを証明する

の分岐点に立たされた時、選択肢3-Aが研究者に対して放つ誘惑は傍から見ている以上に強いということ。言うまでもなく上の場合、選択肢3-Bは不正に該当しませんが、3-Aは不正行為(捏造)です。

一歩、それもちょっとばかり道を踏み外してしまうことでいとも簡単に研究上の不正をやらかしてしまう。学術研究というものが常にそうした緊張感を要する環境の中で行われているのだということを、私は今回の一連の騒動を通じて再認識しました。

さてさて、2年間の留学を除いて14回目、8か月ぶりとなる今回の訪韓に際して利用したエアラインはこちら↓

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ANAがエアアジア・ジャパンをリニューアルして立ち上げたLCC・バニラエアです。

マレーシア流のエアアジアのスタイルをそのまま日本に導入したものの、上手くいかなかった…という認識に立って運営されている航空会社だけに、ウェブサイトの見やすさやCAさんのホスピタリティなどに「日本人の好みに合わせた」ことがはっきりと伺えました。(個人的には、LCCはお客さんの側の割り切りが大切だと思っているので、エアアジアのスタイルもジェットスターのそれも、結構気に入っているのですが)

ただ、地上や機内で職員さんの動きをざっと見た限りでは、LCCのスムーズな運行に不可欠なサバサバとした効率の良さが、日本的なホスピタリティによって妨げられてしまっていると思しき場面もいくつかありました。この辺は、いずれ職員さんの「慣れ」で解決されていけば…と、一搭乗客として思いました。

ちなみに、機内で売られているクリームパンは逸品。ご搭乗の際は、是非お試しあれ。
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2014.03.19 / Top↑
去る2月16日、明治大学より政治経済学部専任助手として採用される旨の連絡を頂きました。

4月より私は、少なくとも職階の上では任期2年の(非常勤や職員ではなく)専任の教員として大学に奉職することになります。政治学者、なかんずく大学教員の座を求めて大学に入ってから12年。30歳にしてようやく専任教員、ただし2年という任期付の職階を得たということになります。

私は十代半ばの時に東アジア、とりわけ1960年代以降の韓国における目覚ましい経済成長を研究対象とし、それを生業とすることを心に決めたのですが、その原点ともいうべきものに、一片の映像があります。

およそ20年ほど前に初回放送がなされ、その後繰り返し再放送されてきたNHKのドキュメンタリー・シリーズ『映像の世紀』です。小学6年生の時に初回放送を視聴、その後もこのドキュメンタリーを繰り返し見る中で私は政治というものを国際的な視点から見ることに関心を抱くようになったのですが、中でも特に私が印象深く記憶しているのが、第7集「勝者の世界分割」の最後の数分間、朝鮮戦争の模様を収めた箇所です。

そこには、爆撃や銃撃戦を経て亡くなったのであろう子供の遺体が複数折り重なり、その傍らで子供の母親と思しき女性が茫然自失としている様子が、またある大人の遺体の傍らで、その大人の子息と思しき子供が半狂乱状態で泣いている様子が映し出されています。

3年に及ぶ朝鮮戦争において斯くの如き地獄絵図が幾重にも繰り返され、物的・人的資源を破壊しつくされた韓国は、20世紀半ば、世界の最貧国へと転落します。しかしその後同国は、日本をも凌駕する急速な産業化を実現し、貧困を克服していきました。

その過程からは、今なお貧困に苦しむ発展途上国に対する何らかの処方箋を導出できるのではないか。十代半ばの時、そのような目的意識を持つようになり、かかる目的を研究者という立場において成就しようと考えるようになった私は、18歳の時、大学の門を叩き、政治学の道へ足を踏み入れました。

しかし、特別な才能を有している訳ではなく、また目的意識に見合うだけの努力をしてきたかも疑わしい私は、研究者として「それらしい肩書きを得る」段階にたどり着くのにさえ、12年という時間を要してしまいました。今後、博士号を取得し、より研究者として認められるようになっていけるのか、もしそれが可能だとして、そこへ到達するのに何年かかるのか、ややもどかしい思いを抱かない訳ではありませんが、焦ることなく歩いていくしか方法はなさそうです。

今日は、東日本大震災から3年となる日です。あの甚大なる災害において心身に傷を負われ、また知人を失われた多くの方々の中には、そしてその様子を見た人々の中には、これ以上斯様な犠牲を出すことのないよう社会的な貢献をしていこうという思いを与えられた方も少なくないと聞いております。

勿論、具体的にどのような貢献をし、どのような役割を果たすのかにもよりますが、ある社会的な貢献をなそうとする場合、その思いを実現するのには長い時間を要することが少なくありません。さらに付言すれば、そのような思いが実現されるという保証もありません。

しかし、15年ほど前にある社会的貢献をなしたいという思いを与えられ、その思いに沿って歩いてきた人間として、またそれ以前に一宗教者として、私は今、そうした人々と共にあり、共に歩いていきたいと思います。

東日本大震災から3年。改めて犠牲となられた方々、またそのご家族の方々に哀悼の意を示すとともに、あの災害を教訓を得、それを社会に反映させようとされる方々の思いが実を結ぶことを、心から祈ります。
2014.03.11 / Top↑