FC2ブログ
6月7・8日に福岡市で開催される即売会・第3回福岡ポエイチまであと1週間となりました。私・高森は両日とも【a-7】のブースにて以下の3作品を頒布いたします。

※お知らせ:ポエイチのウェブサイト等に「東南アジア・タイの現代社会に関する作品などを頒布する予定」と記しましたが、該当するタイを舞台とした作品が著者の予想よりも好調であり、イベント前に完売となってしまいました。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


『賢人支配の砂漠』2014年作/300円
中東・ドバイに赴任した在日韓国人3世の経済学者の視点から、アラビア半島の部族社会やデモクラシー、そして外国人人口が9割にも達する土地でのアイデンティティーを描き出した作品です。

『赤道直下の海峡』2009年作・2013年改訂/300円
シンガポールに留学した日本人留学生が、あるインドネシア人の少女と出会い、そして同国のスハルト政権崩壊劇を目の当たりにする中で「民主主義と繁栄」をめぐる屈折に触れていく作品です。
(こちらの作品のみ、昨年の第2回ポエイチでも頒布したものとなります)

『帰るべき国』2009年作・2012年改訂/500円
日本統治時代の朝鮮を起点として、貧困から抜け出し、豊かな生活を送るべく日本企業の中国大陸進出に乗じた青年の生涯を描いた作品。20世紀の東アジアで思想・信条よりも豊かで安寧な生活を送ることがいかに困難であったかを描く長編小説です。


皆さまのお越しをお待ちしております。
スポンサーサイト
2014.05.30 / Top↑
去る3月に、ジェットスターの成田・大分便の往復航空券を就航1周年記念のセールにて購入。それを利用して一昨日・昨日と、大分県の別府温泉へ行ってきました。

かれこれ12年ぶりとなる大分県。

2014052410490000.jpg

別府市内の温泉をめぐり、

2014052413070000.jpg

高崎山の猿を見に行き、

2014052414210000.jpg

『白いソニック』にも乗ってまいりました。

次回九州へ行くのは6月7・8日の第3回福岡ポエイチ開催日。つまり僅か2週間後なのですが、今回は純然たる観光客として、ゆったりとした時間を過ごさせて頂きました。おかげで、週明けに控えている学会発表に向けた詰めの作業やら、在外調査の準備に打ち込めそうです。

この道中、過日の文学フリマで購入した本を読みましたので、以下、感想を記します。


森井聖大『宇宙適超S宣言』

一部の向きには「元『何故?』の人」として知られる森井氏の新作です。

本そのものが荒縄で縛られた状態で売られていたので、「ああ、sadismのSか」と早とちりをしていたのですが、少なくとも第一義的にはそうではなかった模様。表題中のSは「狩猟民族」の頭文字。一人称である語り手が精神を病んだ某人物との意思疎通を振り返りつつ、N(農耕民族の頭文字)主流の社会で周辺的地位に押し込められたSの解放を求めるという体裁です。

農耕社会で狩猟民族の価値観が非常識なものとされ、逆に狩猟民族的価値観を主流とする社会で農耕民族的意識がチキン(腰抜け)として扱われるというのは、昔からよくある話。政治思想の系譜を辿っていっても、ある社会が強固な基盤を持つ過程は、見方を変えれば当該社会の価値観を共有できない存在を狂人として排除する過程であることがよく分かったりします。

やや癖がありますが、そうした現代社会に内在する排除の原理の、その一断面を見ることができる作品です。

読んでいてふと気付いたのですが、近年よく言われる「肉食系/草食系」それぞれの頭文字もNとSですね。「農耕/狩猟」と「肉食/草食」では、NとSが各々意味する内容がほぼ真逆に近くなりますが…。


『あじーる!第3号・闘』

様々な意味で「マイノリティによるマジョリティへの闘争心」を打ち出した論考集です。そのため、政治思想や政治・経済の規範を取り上げたエッセイ(「随筆」ではなく「小論文」の意)が数多く収録されているのですが(年齢的な意味ではなく思考様式の面で)若い書き手が多く、この種のエッセイにありがちな左右のイデオロギー色はあまりありません。

冷戦が終わってから四半世紀にもなるというのに、この国の全国紙や総合雑誌の多くが、依然として古色蒼然、左右の二極分化的思考様式から抜け出せずにいる点、否定するのは難しいのではないかと思います。私は日々、日本語メディアのほかにワシントン・ポストのニュースレターも読んでいるのですが、同紙は、全体としては民主党寄りでありながらも、共和党系のコラムニストに多くの記事を書かせています。その情報の提供量や幅広さに触れるにつけ、日本の全国紙各紙や総合雑誌が自社の意見と合致しない考えにひどく不寛容であることを悲しく思わずにはいられません(もっとも、アメリカの新聞は、広告主に対しては日本以上にセンシティブではありますが…)。

勿論、同人誌という体裁をとる本書の各エッセイに、メソッドやテクニックの面でマス・メディアやアカデミック・ジャーナルに追いついていない部分があることは否めません。例えば、本書のエッセイにはウィキペディアを参照資料としたものがありますが、国内外問わず、ウィキペディアは論説・論考の参照資料には値しない匿名掲示板と看做されています。また、著名思想家の議論を引用するのに訳書のみを用いて原書を読まないものもいくつかありましたが、これは、参照した訳書の翻訳者が為したかもしれない原典の曲解を増幅させる恐れがあります。しかし、そうした限界を差し引いても、自国の化石化したイデオロギー状況に満足せず、自身の頭で物事を考え、それを言語化する方々の考察には、光るものがありました。

ちなみに、私は学部生のころ、「政治研究会」なるサークルに属していて、そこで機関誌の編集長をやっていました。ただ、当時のサークルメンバーに思想の色があまりなかったためか、私がまとめた機関誌の収録エッセイはサーベイと考察に徹したものが多く、思想や規範を取り上げたものがひどく少なかったように記憶しています。

今は学術雑誌に分析論文を投稿することを生業の一部としている私ですが、学部の頃、周りの面子次第ではこうした論考集をまとめていたのかもしれません。本書『あじーる!』は、そんなことも考えた一冊でした。

先日の文学フリマで購入した本は他にもあるのですが、感想を記すのはここで一区切りつけたいと思います。

なお、先日同人誌のレビューサイト‘Stray Cat’さんに、短編小説のレビューを1本投稿しました。こちらもご覧いただけますと幸いです。

http://text-revolutions.com/review/?p=1113
2014.05.25 / Top↑
先日の文学フリマで買った本の感想を書く前に、来月の福岡ポエイチにも関するお話を。

私は今回のポエイチのために福岡入りする際、羽田から福岡までスカイマークに乗る予定なのですが、先日、そのスカイマークから予約したフライトの機材変更に関するメールが届きました。

私が予約していた便は、新機材エアバスA330による運航予定の便だったのですが、そのA330の導入準備の遅れを受け、従来機材ボーイング737での運航に変更されたのだそうです。これまで国際線で幾度となく乗り、エアバスのスマートなイメージをもっとも端的に体現した機材として気に入っているA330に、日本の国内線でも乗れる日が来た、ということで少し楽しみにしていたのですが…残念。
ただ、機材変更によって時刻に変更が生じたりするわけでもないし、運賃が変わる訳でもない(上述のメールには「機材変更を理由にキャンセルする場合は手数料なしで払い戻す」とも書いてありました)。これまで私が経験してきた飛行機関係の「イベント」の中では、まだまだかわいいものです。

ちなみに、私が経験した飛行機関係最大のイベントは、4年ほど前の「成田発仁川行の飛行機に乗ろうとしたところ、成田のチェックイン・カウンターで『予約便がオーバー・ブッキングになっています。謝礼を出すので後続便に移って頂けませんか?』と持ちかけられ、それに応じたものの、手配されたフライトが『東京→グアム→ソウル』という超大回りだった」というもの。ただ、リゾート地に関心がない者としては、そんなことでもないとグアムへ行くことはなかった訳で…お陰様でグアム滞在中の数時間、トロピカルな果物を堪能することができました。

さて、2週間ほど前に開催された第十八回文学フリマで購入した本の感想を、以下に2点、記していきます。


高橋己詩『ディティールズ・イン・パッチワーク(6)』

購入作品ではなく、イベント当日、拙作を購入して下さった著者の方が私に直接下さった本です。

架空の暗喩に満ちた世界観を描く中で、ユーモアと皮肉を読者に提示するという形の作品なので、言葉で字面通りの物語をトレースすることはしません。

世間ズレした科学者に、サラリーマン感覚がしっかりと身についた役人、誰かに苦情をぶつけることが目的化しているクレーマー、そして著者の方から読者へと本書が直接渡る過程そのものが物語の一部分とクロスする展開。まさにタイトルが示すように、細かなピース一つ一つがパッチワークのように合わさり、1冊の本になっています。

読者が、予期せぬ形で自分のもとへ舞い込んできた1冊の本、という形で本書を受け取り、読んでいくことを前提条件として本文が書かれている作品は文フリでも初めて。「発想の勝利」というべきでしょう。


神風零『回る天≪一≫ 捕縛編』大和雪原(http://yamatoyukihara.web.fc2.com/

前回の文学フリマで購入し、感想を記した『桜花』シリーズと同じ作家さんによる小説です。(『桜花』の感想はコチラ

『桜花』が明瞭に第二次世界大戦末期の旧日本軍を描いた作品だったのに対し、『回る天』は舞台となる時代や場所を明示的には特定していない作品。本文中に現代の日本社会の要素を多分に含みつつも、階級などの呼称がいわゆる「自衛隊用語」にはなっていませんし、主人公らの国が「日本」なのかどうかも、本文中では明記されていません。

今回の物語は、主人公らの属する二個中隊が同盟国Tの地上部隊に組み込まれ、熱帯の国Rへと派遣されていく前後の過程を描いたもの。生来持ち合わせている暴力性を合法的な殺人へと向けている外山。何かもっともらしい大義名分を掲げて職に就くことはできないが、淡々と人を殺すことならできる安原。そして外山の同期、安原の上官にして、腹に一物抱えている様子の遠藤。≪一≫は、彼らがRへと派兵されるまでの経緯とRでの序盤の様子が記されたところで話が終わっています。

今後書かれるであろう≪二≫の展開次第により、作品の印象は大きく変わるでしょうし、またそれによって≪一≫の副題にある『捕縛』の意味合いも変化するかと思います。ただ、『桜花』と異なる時代背景へと移行しつつも、前作同様に「癖者ぞろいの軍隊」をセットすることができているという点で、『桜花』の読者だった層を引き付けることには成功しています。

かれこれ7年ほど前のこと。私の友人で、兵役に就いていた頃イラクに派兵されていた韓国人がいるのですが、兵役満了から間もない時期に来日した彼と酒を飲んでいた折、こんな言葉を聞く場面がありました。

「何か『普通ではない環境にいる』という実感はあったが、『遠くへ来た』という感覚はなかった」

地理的な隔たりとは異質の『異常さ』が際立つのであろう遠方の戦場。人間である以上、その異常さに兵士たちが順応していく過程・度合いは必ずしも一様ではないのでしょう。物語の序盤として、斯くの如き軍人たちの人間らしさを描写した点、本作の見どころかと思います。
2014.05.19 / Top↑
先日の文学フリマで購入した、他サークルさんの本の感想を記していきます。


『まちあかり―旅灯―』

これまでにも何度か作品集を購入させて頂いたサークル「まちあかり」さんの新作。旅をテーマに、詩や小説が計6編収録されています。

自分探しの旅をする人物の一人語りである萌黄桂さんの「旅の途中」や、小包に触れる三者三様の思いをミステリアスに綴った小張葵さんの「小包が届いた」など、楽しく拝読させて頂きました。

私は自他共に認める旅行好きで、小学校高学年のころから今に至るまでおよそ20年、数か月に一度の頻度で、時間と予算の工面をつけては旅行に出るというのを絶えず繰り返してきました。当然、10代の頃は工面できる予算など限られていたので、行き先はすべて国内。「青春18きっぷ」や、今は亡き「周遊きっぷ」を使い、宿代を節約するために9泊連続で夜行列車を利用、などという旅もしていました。現在では夜行列車の多くが廃止されてしまったので、そうした旅も不可能となってしまいましたが…

その後20代に入り、大学・大学院で東アジア政治を学ぶようになり、また小説の作風も東アジアの近現代史を扱ったものとなっていく中、旅先にも海外が含まれることが多くなりました。特にここ数年は、LCCを積極利用していることもあり、海外・国内ともに年数回ずつ旅行に出るようになっています。

ただ、ここ数年の自分の旅行スタイルを振り返ってみると、かつてのような(貧乏旅行ながらも)勝手気ままな「旅」らしさが大きく後退し、時間を遣り繰りする中で出掛けていく「旅行」らしさが強くなってきていることは否定できず…。特にかつての留学先・韓国を訪問する際は、研究資料の収集が目的という事情も絡んでいるのですが、「旅行」ですらなく、「外遊」と断言できる状態…。

萌黄桂さんの「旅の途中」に、「旅(たび)」と「旅行(りょこう)」を区別する台詞が出てきますが、この20年の内に「旅人」から「旅行者」へとシフトしてしまった感の否めない者として、共感するところがありました。


芝浦慶一『たたかえっ!憲法9条ちゃん』byノンポリ天皇

イベント当日、帰り際に買った1冊です。

訳あって憲法9条の条文に欲情するようになってしまった中学生の少年が、「ふとしたこと」で憲法9条を擬人化した少女を呼び出してしまい、その少女の存在が改憲部(!?)なる部活を擁する学校で波乱を呼び、さらにその外の世界、大人たちを巻き込んだ騒動につながっていく…という狂気と風刺と笑いを混ぜ込んだライトノベルです。

中学2年生の夏休み、学級担任の国語教師から「おまえは社会的な事柄に関心があるようだから、県の小論文コンテストに応募してみたらどうだ?」と薦められ、「無難な内容では面白くない」と言わんばかり、「憲法9条に規定された内容へ現実を近付けるための具体的な施策を国策として積極的に進めるのでないなら、むしろ憲法を現実に合わせ、9条第2項の条文を丸ごと削除せよ」という趣旨の小論文を書き、投稿、そしてものの見事に選外となった経験を持つ者としては、「あぁ、中高生の頃を思い出すわぁ、懐かしいわぁ」と思いつつ読むことのできる作品でした。

さらに要らぬことを白状しておくと、私は高校生の時、生徒総会の議長を2回務めたのですが、その2回とも、生徒会役員が事前に練っていた議事進行のシナリオを乱し、全校生徒1000人超が集まった体育館を紛糾・混乱させた「前科」があります。本作品中、全校生徒がお祭り状態ともいえるカオスに陥るシーンでも、昔日の自分を思い出しました。

ちなみに、大学院後期課程以降は高麗大学→明治大学と移っていった私・高森ですが、前期課程までは日本大学で学んでいました。法学、特に憲法学に詳しい方はもうこの辺でお分かりかと思いますが、私が在学していた頃の日大法学部で憲法の授業を担当されていた先生は、それはそれは改憲志向の鮮明な方でいらっしゃいました…(ただ、講義に取り組む姿勢そのものは大学教員の鏡ともいうべき熱心さでいらっしゃいました)。

さてさて、この小説、改憲問題をめぐるドタバタを極めて皮肉たっぷりに描写した作品でもあるのですが、この国の改憲論争に内在する衆愚性・愚民観に対する痛烈な風刺は極めて秀逸。チャップリンの映画『独裁者』の、ラストシーンでの演説をふと思い出すところがありました。

著者は恐らく頭の良い方。頭の良い人がふざけているからこそ、優れたセンスが光る作品です。商業出版もされているようなので、是非お試しあれ。
2014.05.14 / Top↑
第十八回文学フリマが終了いたしました。

今回の文学フリマで私・高森のブースにお越し下さった皆さま、本当にありがとうございました。おかげさまで私の頒布作品は完売となりました。重ねて御礼申し上げますとともに、今回のイベントでも、せっかくご関心を抱いて下さりながら売り切れのため作品をご購入いただけない方がいらっしゃいましたことをお詫び申し上げます。

前回までと同様、今回の文学フリマでも他サークルさんの作品をいくつか購入いたしました。それらの感想は、後日記事としてアップロードしていく予定です。

まずは、取り急ぎ御礼まで。
2014.05.06 / Top↑