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今週末、東京大学法学部で日本比較政治学会の第17回大会が開かれます。1日目である6月28日の午後1時半からの枠で、私・高森も韓国の農村発展に関連する研究発表を1本行う予定。

http://www.jacpnet.org/event/taikai/2014j.html

現在、その最後の準備を行っている真っ最中です。

ちなみに、私は高麗大に在籍していた2年間を除くと、学部の頃から一貫して都内の大学に身を置いており、また研究会などで他大学に出向くことも多い方なのですが、東大に足を踏み入れるのは今回が初めて。自分の行動半径は意外と狭いのかと思ったりしています。

さてさて、前回の記事に続き、2週間ほど前の第3回福岡ポエイチで購入した作品の感想を記していきます。


岸かの子『五行歌てとしゃん』
『五行歌誌 彩』2014年5月号 URL: http://www.gogyohkashi-sai.com/

今回のイベントでお隣さんだった岸さんから頂いた五行歌の作品集です。

恥ずかしながら、私はこれまで五行歌なるものに全くの無知だったのですが、岸さんの説明によると、五行で綴られ、一息に読める程度を目安に詠まれる歌であるとのこと。

厳格な字数制限などはないようです。

拝読した限りでは、『五行歌てとしゃん』に収録されている、梅雨のある日に路線バスに乗り込んだ人の模様を描いた「紫陽花行き」が印象的でした。事象を端的に表現する言葉を慎重に駆使し、また描写したい内容についてあまり多くこのことを語りすぎない、そうした熟慮が大切になってくるのかと思います。

『彩』に収録されている、岡山の方の作品だという「アンコールワットへ」は、カンボジア・シェムリアップと韓国・ソウルの光景を描写した作品ですが、私自身が去る2月にシェムリアップへ行ったこともあり、「ああ、こういうまとめ方もできるのか」と‘腑に落ちる’ものがある一本でした。


天野蒼『傷痕』 URL: http://xxxxmomentsxxxx.xxxxxxxx.jp/

2018年の某日、一緒に演奏会を鑑賞しに行くはずだった旧友からキャンセルの電話を受けた『私』は、脳に障害を負った「おおざき・みなと」なる男性を保護し、彼をその腕輪に記されていた住所―彼の自宅―へと連れて行く。とある事故で脳に障害を負ってしまった、しかし他方で、今尚美しいピアノの旋律を奏でることのできるこの男性は、演奏会鑑賞をキャンセルした『私』の旧友と深いつながりを持つ人物であった…。

2018年、2015年、2014年と、時間を遡る形で物語が展開していく小説です。第1章で「おおざき・みなと」の徘徊する姿に印象付けられた読者は、物語が進み、時間軸が遡っていくことで彼に何があったのかを、そしてその彼と『私』の旧友との間にどのようなつながりがあるのかを知らされます。物語の構造上、冒頭で変わり果てた姿で登場する「おおざき・みなと」のかつての姿を見ていくことになるので、読者は、言うなれば『火垂るの墓』における節子の変化を逆再生で見ているかのような重苦しさを抱え込むことになります。

同時に読者は、この「おおざき・みなと」が人生の一時期において深く関わった『私』の旧友の人生にも引き込まれていきます。音大に入り、自らのピアノ演奏のあり方に思い悩む彼女が、「自分らしい弾き方」を薦める年上の男性と出会い、付き合い、その後彼のことを忘れようとするまでの経緯…。

少なくとも現代の日本社会では、20歳を挟む数年間は、各人が他者との出会いによってその後の人生を左右されることの多い時期です。周囲の事物の影響を受けやすいという意味では十代半ばもこれに該当しますが、今のこの国では、中高生が多様な人間に出会うチャネル自体が乏しい…。卑近な言い方をすれば、20歳前後というのが、この社会において最も 『多感』であり、他者から刺激を受けやすい時期だといえるでしょう。

換言すればこの時期は、自分の人生を飛躍してくれる出会いがあり、そしてその出会いから多くを得られる時期ということになるのですが、その分、他者との関わりやそれに付随する出来事によって心に受ける傷も深いものとなりがち。本書は、そうした20代の男女の『傷』とその『痕跡』を、残酷なまでに丁寧な描写で描いた作品です。

かくいう私もまた、無意識でいるか、或いは意識的に関心を逸らしているだけで、心の内にそうした多感な時期の『傷痕』を残しているのかもしれません。過日のポエイチの際、私のブースで売り子をしてくれた友人(=学部の同期)が、学部の頃に撮られた私の写真を見せてくれたのですが、それらの写真は、この10年ほどの間、人生の方向性に殆ど変化が生じていないはずの私が、しかし着実に年齢を重ねている様子を浮き彫りにしてくれました。そうして年齢を重ねていくどこかの段階で、自分も『傷』を作ったかもしれない…そんなことを思わされる一冊でした。


今年のポエイチでは他にも数多くの作品を購入していたのですが、時間の都合上、本ブログで感想文を記すのはここまでにしたいと思います。尚、本ブログで感想を記していない作品のうち、じっくりと読ませて頂いたものについて1本、ポエイチ実行委員会が主催しているOpen Bottle Projectを通じて著者の方々に感想を届けましたので、付記しておきます。
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2014.06.24 / Top↑
昨日就役したアシアナ航空エアバスA380の初日便チケットを手に入れたので、昨日・今日と、ソウルに行ってきました。
私は今までA380そのものに乗ったことがなく、また今回は本業での研究が主目的ではないということで、「飛行機に乗ること自体」が主目的の訪韓となりました。

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駐機中の様子を写真に撮り、

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就役記念のペンとメモ帳を頂き、搭乗。

往復とも私の席はアッパーデッキ窓側だったのですが、占有空間が広く、そして静かであることが印象的でした。

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ソウルには3月にも来たばかり。また今年は8月にも同地に10日間滞在の予定。特に同地での仕事が溜まっている訳ではなかったので、大型書店で研究資料になりそうな書籍を買い集めた他は、以前日本に留学していた知人と会食しておりました。その際に明洞のオスルロクというカフェで飲んだのがこちらの抹茶と柚子茶のラテ。済州島に自社専用の茶畑を持つチェーン店らしいのですが、なかなか美味でした。


さて今回、成田・仁川の両空港へ向かう途中や、飛行機の搭乗を待っている間に、過日の福岡ポエイチで購入した本をいくつか読んだので、以下、その感想を記します。

『詩誌 福岡ポエトリー』第2号(2014年6月刊行) URL: http://fukuokapoetry.konjiki.jp/

福岡ポエイチの開催母体である詩の朗読会・福岡ポエトリーに参加された方々による作品集です。

自由詩に定型詩、加えて随筆と収録内容が多岐に渡っており、まさに編集後記にもあるように「福岡でオープンマイクの場に集まったことを共通項としている」…逆に言えば、それを唯一の共通項とした作品集であるということがうかがえます。

平地智ととうどうせいらさんが「ひいら」の名前で書かれた作品「りんごは大きいほど、いい」は、全体で10ページほどの長さ。祭りの夜に集まった面々をめぐるちょっとした出来事(?)が描かれているのですが、およそ1ページごとに描写の視点が切り替わり、それらの視点を数珠つなぎにすることで読者が話の中身を理解できるように作られています。文章を書く人間にとって、数珠つなぎ式の物語は、チェーン式に連なる複数の視点のうち、最後の視点をどう処理するかでセンスが問われてくる、ある意味では扱いにくい形態。最後の視点を最初の視点につなげ、作品全体が1つの輪を描くようにする方法と、両者の視点をつなげることなく、1本の棒状の物語にするという方法がメジャーなところ。本作はそのどちらでもない、アラビア数字の「6」のような処理方法をとっているのがポイントです。

牧瀬義文さんの作品「冷たい電子脳が夢見る未来は暖かな手袋のように」は、

<以下、引用>
「やわらかな服ね」

撫でる手

<引用、ここまで>

といった具合に、名詞に付随するものであるはずの助詞が改行され、助詞だけで一行をなす構成になっているのがポイント。

日本語は名詞の後に助詞を付すことで、当該名詞の文中での位置づけを明確にする構造の言語です(ちなみに韓国語もこの点は同様です)。

他方で英語は、名詞の前に前置詞を付けることで、その名詞の性質を特定していく言語(ドイツ語などの場合は、冠詞の格変化によっても名詞の性質が変化します)。

この隔たりは案外大きいもののようです。かつて私は修士課程に在籍していた頃、アメリカ政治論専攻のベテラン教員に、

「君の話す英語は、発音そのものは良いのだが、息継ぎの間合いでノン・ネイティブのそれだと分かる」

と指摘されたことがあります。例えば、

A train from Tokyo.

という一説は、ネイティブであればfromの前に息継ぎをするところ、私はfromの後に息継ぎをしている、と。

日本語の助詞…英文法になぞらえて言うならば後置詞に慣れていると、ついついそうした息継ぎをしてしまうのだとか。

そんなことがあってから私は、時折言葉を切るタイミングやブレスの間合いに意識を向けるようになったのですが、それから今に至るまでの間に、息継ぎの間合いというものが、意味内容に大きな変更を及ぼすとまではいかないものの、言葉の印象を大きく左右するものだと実感する場面がいくつもありました。

牧瀬さんの作品は、そのような、言葉に潜む興味深い一面に触れさせてくれる詩でした。


七歩『よいこのほん 140字短編集』酔庫堂,2013年 URL: http://tkr-net.tk/yoikodo/

副題にあるように、140字、つまりツイッターの字数制限に収まるようにして書かれた短編小説集です。

小学生の頃、「白い服の男」など星新一の短編が好きだった者として楽しく拝読すると同時に、やはり短編(掌編)小説を書くにあたって求められるものは長編のそれとは違うということを感じる一冊でもありました。

短い字数の中で話を綴ろうとすると、そこには余分なものを「切り捨てる」一方で、皮肉や風刺といった捻りを「盛り込む」作業が不可欠になってきます。そして、自分の中で「捻り」が思いつくまでには案外時間と手間がかかってしまう…。

物書きをされる方であればお分かりかと思いますが、物語というものは長編になればなるほど原稿1枚分を書く上での時間効率が良くなっていきます。そして長編というのは、別の仕事をする傍らでルーティン・ワークとして書くのに適したスタイルでもあります。

私は基本的に長編小説のみを書き、短編は書かないのですが(過去10年で書いた字数10万未満の小説は1本のみ。しかもその1本は韓国語を原語として書いた作品)、その理由の主たるものが、この「短編を書くにはセンスと時間と手間が必要」という点。

本書には、そうした時間や手間のかけられたであろう、「あらすじ」を書けないほど短い作品が100本余り収録されています。丁寧な作りになっている、そして決して読み手に負担をかけることのない作品集。一度読み終えた後、もう一度読み返したくなる一冊です。
2014.06.14 / Top↑
一昨日・昨日と福岡市で開かれた同人誌即売会・第3回福岡ポエイチに出展して参りました。

一昨年の第1回、昨年の第2回に続き、今年のポエイチも事務局の方々の非常にアクティブかつスマートな采配が目を引くイベントであり、盛況のうちに無事終了と相成りました。

私・高森のブースも、2日目の閉場20分前という段階で持ち込んだ作品が完売いたしました。当ブースにお越しくださった皆様、本当にありがとうございました。

一昨年・昨年に続きリピーターとして拙作をお買い上げ下さった方々や、「東アジア政治の研究者の手による、東アジア現代史を題材とした小説」という拙作の基本スタンスに興味を示してくださった方々など、多くの方々とじっくりお話をする機会も得られた2日間でした。

特に2日目は、学部の頃の友人がブースで売り子をしてくれたので、その間、余裕をもって他のサークルさんのブースや頒布作品を眺めることができたかと思います。売り子をしてくれた友人にも感謝です。

いつもと同様、今回のイベントでも、他サークルさんの作品を数多く購入させて頂きました。これらの作品の感想は、後日改めて記すことにしたいと思います。まずは、今回当ブースへ来て下さった皆様と、イベントを主催して下さった方々に心からの感謝を。
2014.06.09 / Top↑