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東京流通センターで開催された即売会・第十九回文学フリマが無事終了しました。

主催された事務局の方々に感謝するとともに、今回のイベントで当ブースへお越し下さった皆さまに、心より御礼申し上げます。

私の年内の即売会出店は今回が最後になりますが、今年は東京2回、大阪1回、福岡1回の計4回の即売会に出店し、計117冊の拙作を頒布することができました。

改めて御礼申し上げるとともに、来年以降も引き続き「高森純一郎」を御愛顧頂けますよう、よろしくお願いいたします。

今回のイベントでも、他サークルさんとお話をする場面が多々あり、また他サークルさんの作品もいくつか購入させて頂いたのですが、それらについては、後日改めて記したいと思います。
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2014.11.25 / Top↑
11月24日に東京流通センターで同人誌即売会・第十九回文学フリマが開催されます。

私・高森純一郎のブース番号は「ア-7」および「ア-8」です。

(今回は頒布作品の種類が多く、1区画だけでは手狭になってしまうため2区画に跨るブースとしました)

去る3月から書いているカンボジアを舞台とした小説は、現在字数28万まで進んでいるものの、完成してはいないため、今回は頒布しません。従って今回のイベントが初頒布となる作品はありませんが、5月の第十八回文学フリマでの新刊『賢人支配の砂漠』、および東京では初頒布となる『半島と海峡の狭間で』改訂版を含め、以下5作品を頒布します。


『賢人支配の砂漠』(2014年作)
…頒布価格:300円

東京の大学で教鞭をとっていた在日韓国人三世の経済学者・鄭太植は、『在日』をめぐる左右両翼の論争に嫌気がさす中、中東・ドバイの大学から赴任のオファーを受ける。日本国内に留まることへの疲労感もあってそのオファーに応じた太植だったが、遊牧民の伝統を残すアラビア半島の部族社会は、やがて彼に「支配」をめぐる新たな考えを抱かせるようになる。
昨今の「アラブの春」にもかかわらず、絶対君主制を維持するアラビア半島諸国。その内面に目を向けることで、支配・統治のあり方の多様性を描き出します。


『半島と海峡の狭間で』(2007年作/2014年改訂)
…頒布価格:300円

1970年代初頭、韓国大使館員として中華民国・台北に赴任したキム・ギョンナムは、当地で日米両政府が大陸・中華人民共和国に接近し、台湾の国際的孤立が高まるという緊迫した状況に直面する。国民党一党独裁下の台湾と、軍事政権下の韓国。反共を国是とする両体制を行き来する彼は、しかし同じ資本主義陣営に属するはずの日米が大陸の共産党政権へと接近していく中、自国の、そして赴任先の政治体制に少なからぬ疑問を抱く。やがてその疑問は、彼の外交官としての立場を危ういものにしていき…。
冷戦体制下の1970年代、日米両国と同じ西側陣営に所属していながら、大陸中国との修交という選択肢をとることのできなかった反共分断国家・韓国の視点を通じ、東西両陣営の対立がアジアに残した痕跡を描写した作品です。
※本作は、中国の歴史小説を書いておられる龍の髭さんよりレビューを頂いております。御参照下さい。http://text-revolutions.com/event/archives/1611


『赤道直下の海峡』(2009年作/2013年改訂)
…頒布価格:300円

2008年、長期在外研究のためにシンガポールへやってきた若手政治学者・高木は、現地の友人を通じて旧知のインドネシア人女性から連絡を受ける。彼女との再会を通じて高木は、かつて自分が豊かな一党独裁国家・シンガポールに留学しつつ、その南方にある巨大な発展途上国・インドネシアの民主化に少なからず関わったことを思い出した…。
独裁者を追放しようとする無名の闘士たちの姿を物語にしつつ、彼らの力だけではどうにもならないマレー世界のエスニシティをめぐる現実をも描きました。


『帰るべき国』(2009年作/2012年改訂)
…頒布価格:500円

1919年の三・一独立運動で両親を日本人官憲に殺された朝鮮人青年ファン・シンベクは、残された家族から父と母の志を継ぐよう説得される。しかし青年は、貧しさに甘んじながら大義のために命を懸ける道を退け、日本人資本の下で豊かな生活を手に入れる道を目指す。やがて青年は、日本資本の中国大陸進出に乗る形で天津へ赴くが、その選択は彼の人生を大きく狂わせることとなった…。
20世紀東アジアの政治諸変動が、多くの人々をして「物質的により豊かで、安寧な生活を送ること」を困難なものにしたという現実を浮き彫りにします。


『疎遠なる同胞』(2011年作)
…頒布価格:500円

インドシナに派兵された韓国軍によって両親を殺されたベトナム人少女。身の危険を感じた彼女は、当時の南ベトナム首都・サイゴンへと逃れるも、避難先で食いつないでいくため、韓国人従軍記者に雇われ、この記者の下で生活することとなる。やがて、共産軍が南へ侵攻、サイゴン陥落が目前に迫った段階で彼女は…。
外国人の兵士に肉親を殺され、他方同じ国の記者と暮らすことで生き延びた少女の視点から、戦争最末期のベトナムを描き出します。国籍やエスニシティ、或いは国民性といったフィルターを介して世界を見ることの危うさを感じて頂ければ幸いです。

多くの方のお越しをお待ちしております。
2014.11.16 / Top↑
10月31日から11月3日まで、勤務先が文化祭のため休講となっていたのを利用し、小説の取材で台湾と香港を訪問してきました。

10月31日、まず成田から台北入りし、次回作の取材を行いました。

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台北から30kmほど離れた港町・基隆。今書いている小説の、その次の作品では、70年前のこの街を舞台の一つとするつもりでいます。

その後、台北から香港へ。現在書いている小説が中国からインドシナ半島にかけての地域を主な舞台としており、その取材の一環として香港島のセントラルからビクトリア・ピークにかけての一帯を歩きました。

この取材に前後して、学生たちの路上占拠運動が続くアドミラルティにも行ってきました。

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地下鉄のアドミラルティ駅と政府庁舎・立法会議事堂の間にある車道の様子です。

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「雨傘革命」と呼ばれているように、今回の抗議活動のシンボルになっているのが傘。骨を抜いた傘をつなげて作ったパッチワークがあり、

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集まった学生たちで雨傘の折り紙を作っているグループもありました。

韓国の朴正煕政権や台湾の蒋経国政権など、いわゆる「開発独裁」の勉強・研究を10年以上やってきた者にとって、学生主体の大々的な民主化運動は、文献の上では極めて身近な存在です。特に韓国留学中は、四半世紀に前に民主化運動に関わった人々がまだ社会の第一線で活躍しているということもあり、民主化運動の「息遣い」を感じる場面が多々ありました。

しかし、実際には私は1984年生まれ、86年のフィリピン民主化も、翌87年の韓国民主化も、それに前後して始まった台湾での国会全面改選運動も、経験したことのない人間です。98年のインドネシア民主化についてはリアルタイムでニュースを見ていましたが、実際に私がインドネシアを訪問したのは、スハルト大統領の退陣から10年以上経過した後のことでした。

私の研究テーマは東アジア諸国の経済政策・開発政策の分析であり、民主化・民主主義の分析ではないのですが、今回、こうして不公正な選挙制度に抗議する学生たちの運動に直接触れる中で、「自分の研究している政権は、こうした強い抗議の対象でもあった」という現実を強く意識させられました。と同時に、自分の東アジア政治研究が単なる「経済発展に成功した独裁政権の礼賛」に堕してしまわないよう、常に自らを戒めつつ仕事に臨むよう戒められた気分にもなりました。

今回の旅行中、11月1日付の台湾紙The China Postを読んでいたところ、コメンタリー欄(いわゆるopinion & editorial page)に、‘For Hong Kong youngsters, protests bring taste of freedom(香港の若者たちに自由の味を知らしめた抗議活動)’と題するコラムが掲載されており、その中に抗議活動に参加した学生の声として

‘Before the occupatin, I saw Hong Kong as a city just focused on money. But now we've shown we can come together and fight for our dreams.
(占拠活動の前、私は香港を金のことにばかり目を向ける都市だと見ていた。しかし今や、私たちは自分たちが団結し、自らの夢のために戦いうることができるのだと示したのだ)’

という一節がありました。

四半世紀前に民主化を遂げた国に住んでいた人間としては、民主化闘争の中で人々の共有していた「夢」が、民主化後の混乱の中で急速に色褪せていった現実を、そしてその色褪せた「夢」に今なお固執してしまっている老闘士たちの痛々しい姿を幾度となく目にしているゆえ、彼ら香港の学生たちの思いに複雑な思いを抱いていない訳ではありません。ただ他方で民主主義は、ウィンストン・チャーチルが「民主主義とは最悪の政治体制である。歴史上存在した他のあらゆる政治体制と比較しなければ、の話だが」と言ったように、無数の副作用・問題点を含みつつも、基本的に「民主化しなければよかった」などと後悔するようなものでないのも事実です。

既に始まってから1カ月以上になるこの学生たちの活動が、平和的な形で解決ないし収束に向かうよう願いつつ、香港を後にしました…。


<余談>

台湾滞在中、台中の百貨店「そごう」で昼食をとっていた際に知ったのですが、台湾の「そごう」では、今でも定時になるとディズニーの‘It's a small world’が流れるんですね(台湾・香港の現地法人が香港ディズニーランドのスポンサーになっているためだそうです)。幼い頃、横浜そごうのからくり時計で流れていたこの曲に親しんでいた者として、また次世代にこの曲が歌い継がれることを希望する一人として、思わず胸がいっぱいになりました。
2014.11.03 / Top↑