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先日、シカゴ大学のブルース・カミングス教授が来日し、明治大学で特別講義を行いました。

『朝鮮戦争の起源』など韓国・朝鮮の近現代史に関する著作が多い歴史学者で、韓国の政治や現代史を研究する人間であれば、必ず一度は彼の著作を読むことになる、という人物です。

今回の特別講義は前々から予定されていたものではなく、昨年末から今年初めにかけてコーディネートされたものであったようです。最終的に私のところへ特別講義実施の連絡が人伝てで届いたのが、講義を行う前日の午後。ただ、幸いなことに、前後予定を調整し、この講義に出ることができました。

さてさて、過日の特別講義は、中国の経済的・軍事的台頭を取り上げたものでした。合衆国領土がフロンティア開拓によって西海岸へ達し、アメリカが太平洋国家としての道を歩み始めた19世紀以前まで時間を遡らせ、そこからアメリカと他の環太平洋諸国との関わり、そして過去から現在に至るまでの覇権国家の有り様を俯瞰することにより、現在の中国を脅威として認識することを牽制するものでした。

カミングス教授は、かつて朝鮮戦争について、朝鮮半島内部の階級対立に影響されたものであるという認識を示されていた人物。今回の特別講義でもリベラルな立場から話をされており、(その見解に同意するかどうかは別として)リベラルなアメリカ人研究者の考え方をじっくりと伺うことができました。
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2015.01.19 / Top↑
東アジアを中心に各国を回っていると、訪問先のローカルな人たちのみならず、その国を巡っている多様な国籍の旅行者たちとも出会うことになります。

長距離バスでホーチミン市からプノンペンへやって来た二十代のバックパッカーや、フルムーンでバンコクを訪れていた熟年の御夫婦。

勿論、日本国内にいてもそれは同様で、例えば東京であれば、新宿御苑へ足を運ぶ家族連れの方や、友人同士で箱根の温泉に行ってみようという大学生たちなど、様々な国からやって来た観光客と出会うことになります。

そのようにして出会う各国の旅行者たちを注意深く観察していると、「ある国」の人たちが、旅行ガイドの会話集などで覚えたのであろう訪問先の言語を頑張って口にし、相手との挨拶をしたり、相手に謝意を表したりする光景を数多く目にします。

日本国内でも、その「ある国」の旅行者から道を訊かれたりする際、片言の日本語で「コンニチハ」と話しかけられ、別れ際に「アリガトウ」と礼を言われた経験を持つ方は決して少なくないでしょう。

その「ある国」は、他に類を見ないほど自国の文化と歴史に強い誇りと愛着を持つことで有名な国です。

しかし私は、その国の人々が強固な自尊心を持ち、他国に対して自分たちの国の文化への敬意を明確に要求するが故にこそ、他国の文化や伝統、或いは言語をも最大限尊重しようとする場面を、これまでに幾度となく目にしてきました。

その「ある国」とは、ほかでもなくフランスです。

私は先週、パリで年始の休暇を過ごしておりました。この休暇中私は、入国する移民に厳しく「同化」を求め、また自国の美術・芸術や言語の変容に極めて敏感なことで知られるこの国が、他方で日本や中国など、他国の文化にも敬意を表する国でもあるという現実に改めて触れ、そこに、多くの価値観を寛容に受け入れようとするアメリカの偉大さとは別の、フランスの「尊厳」を再確認したものです。

そのフランス・パリで、風刺漫画雑誌を発行する新聞社が武装した男たちに襲われ、編集者など計12人が殺害されるという事件が起こりました。

言論に対して暴力で報復するという行為に、正当化の余地はありません。公私両面で言論に深く関わる者として、被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げると共に、この凶行をはたらいた者たちが然るべき法的処罰を受けることを強く望みます。

他方で私は、イスラムの名を騙って行われたこのテロが、ムスリムを危険視する向きを助長してしまう可能性を案じています。

世界各地のイスラム主義を標榜する過激派組織が、いかに経典・クルアーンや預言者ムハンマドの言行録・ハディースからかけ離れた存在であるか、私はイスラムの専門家でなく、またそもそも異教徒(キリスト教プロテスタント)でもあるため、ここで改めて論じることはしません。ただ、つい15年前まで北アイルランドを拠点にテロ活動を行っていたIRAを典型例として挙げることで、過激派組織に言説として利用される宗教がイスラムだけでないことは確認しておきたいと思います。

IS、いわゆる「イスラム国」やアルカイダなど、イスラムを騙ってテロ行為に走る組織は、ムスリムが特に欧米において少数派であり、時として社会的に差別を受けてきたという現実を、自分たちの活動を正当化する根拠の一つとしています。「自分たちムスリムは弱い立場に追いやられ、聖地をイスラエルに掌握され、異教徒たちの下に置かれている。この現実を変えるには暴力を行使し、人々の恐怖心に訴えるべきである」という主張です。

だからこその「テロリズム」である訳ですが、今回のような事件を受け、私たち非ムスリムがイスラムを、そしてムスリム全体を危険視する傾向を強めていけば、それはムスリムに対する差別を生み、これらテロリストたちの「自分たちは弱い勢力であるから暴力を行使し、人々の恐怖心に訴えるべき」という言説を助長してしまうことになりかねません。

私たちは、そうした陥穽を回避しなくてはなりません。イスラムがキリスト教や仏教と同じ伝統宗教であり、各々の教義を信じる人々が共存できるという原則を堅持しなければなりません。そしてそれは、決して非現実的なことではありません。

これまで、多くの賢明なフランス人たちが実践し、証明してきたように、自分たちの価値観に愛着を持つことと、自分たちと異なる価値観を尊重するということは、両立可能だからです。

勿論それは、時に自制を要求し、時に知恵を必要とする作業です。

しかし、民主主義発祥の国の一つであり、他国の文化が持つ尊厳を最も深く理解する国であり、また複雑な歴史的背景を持つ欧州を統合していくという不可能とも思える作業を先導してきた国でもあるフランスに、そしてそのフランスとともにある私たちに、アラビア半島で生まれた寛容で偉大な宗教と共存できないとする理由はありません。

改めて、今回のテロ事件で被害に遭われた方々、そして暴力に晒されたフランスの言論のために祈ると同時に、この一件がイスラムをめぐる憎悪の連鎖へとつながらないことを、心から願います。

(1月11日追記)

襲撃事件の現場から逃走した犯人3人が、警察により射殺されました。この過程で籠城事件が発生し、新たな犠牲者が出てしまったとのことです。

犠牲となった方々にお悔やみ申し上げ、これら凶行を非難するとともに、一連の事件がユダヤ教徒とムスリム、或いはクリスチャンとの間の不信と憎悪を助長することのないよう願います。

私たちは今一度、フランスが革命以来200年余りに渡って大切にしてきた理念、すなわち自由と平等、そして博愛の精神の現代的意義へと思いを巡らせるべきです。
2015.01.09 / Top↑
(はじめに…2014年末に発生したエアアジア・インドネシア機の失踪に心を痛めています。当該機の乗客・乗員の捜索が迅速に進展すること、関係者に対するケアが適切になされること、ならびに事故原因の究明が早急になされることを心から願っています)


日本では年が明け、2015年となりました。本年もよろしくお願いいたします。

先程、4月19日に予定されている同人誌即売会・第一回文学フリマ金沢の出展申請を行いました。抽選の有無を含め、出展できるかどうかはまだ分かりませんが、日本海側初となる文学フリマ、是非ブース参加ができればと思います。


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今、パリでこの記事を書いています。こちらの現在時刻は12月31日23時40分過ぎです。

先程まで、オペラ座として知られるガルニエ宮で大晦日のバレエ鑑賞をしておりました(なお、上の写真のうち3枚目は、写真撮影が黙認されているカーテンコールの際に撮ったものです。本編の上演中の撮影は当然厳禁ですのでご注意を)。明日以降、ブリュッセルとロンドンへも足を伸ばし、1月5日に帰国する予定です。

さて、現在私が滞在している国・フランスは、1950年代までアジアに大規模な植民地を有していました。フランス領インドシナ。今のベトナム、カンボジア、およびラオスに相当する地域です。

このうちベトナムは、1954年のディエンビエンフーの戦いでベトナム独立同盟がフランスを破りますが、それと同時に東西冷戦という状況下、親米・親ソという2つの国に分断されてしまいます。

南北二つに分断されたベトナムは、その後、正式な宣戦布告もないまま泥沼の戦争状態へと突入。ベトナム戦争と呼ばれたこの戦いは、結局、超大国アメリカにとって初めての敗戦という衝撃的な結末で幕を閉じることとなりました。

今年、2015年は、そのベトナム戦争の終結から40周年となる年です。40年前の4月、親米派であった南ベトナムが消滅したことにより、ベトナムは南北分断状況に終止符を打ったのです。

しかし、ベトナム戦争の終結は、インドシナに平和をもたらすものではありませんでした。親ソ派・北ベトナムによる南ベトナム制圧とほぼ時を同じくして、その隣国、かつては同じフランス植民地支配の下にあったカンボジアでは、「赤いクメール人」と称される集団・カンボジア共産党が政権を掌握したのです。

そして、「赤いクメール人」の首領であったポル・ポトの下、カンボジアは1970年代の後半、少なくとも自国民の10%以上が政治犯として虐殺されるという近代史上稀にみる恐怖政治を経験することとなります。

今年、私が刊行を予定している新作は、そうした「インドシナ現代史の一部分としてのベトナムおよびカンボジア」を描く長編小説です。

今年の春以降、頒布を開始する予定ですので、是非、御期待頂ければと思います。
2015.01.01 / Top↑