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22日から24日までの予定で、ソウルに来ています。

今回は韓国の国会図書館での研究資料集めが目的という、純然たる「お仕事」での訪韓。従って、特に観光めいたことはしていないのですが(そもそも、この国の主要な観光地には既に行き尽くしています)、唯一「韓国へ来た」ということで食べたものがあり、それがこちら↓

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韓国式の「手打ちうどん」ともいうべきカルグクスです。

私にとってはこの国へ来ると必ず食べるもので、高麗大学に留学していた頃も頻繁に食べていました。

とろみのついたスープに野菜や海産物が入っていて、店や地方ごとにその中味が異なるのがポイント。

さてこのカルグクス、実は韓国歴代大統領のうち2人と、ちょっとした「縁」があります。

1人は、いわゆる「開発独裁」で知られる朴正煕(在任:1963-1979)。貧農出身であり、贅沢に馴染めなかったことで知られる彼は、昼食にカルグクスを好んで食べていました。今日まで残っている多くの写真に見られる通り、大変に痩せた外見であった彼は、素食で、昼に麺一杯を食べると、夕方まで殆ど間食もしなかったとか。今は勿論、1970年代当時の韓国でも、成人男性が昼に麺一杯だけを食べ、夕食まで何も食べないというのは、食の細い部類に入りました。

これに苦労させられたのが、当時の大統領官邸の幹部たち。上下関係の厳格な軍部出身者が政権を掌握し、権威主義的な体制を敷いていた時代ですから、側近が大統領よりも良いものを食べていたり、自由に間食をとることは半ば御法度。側近たちにとって午後の仕事は、空腹と戦いながらのものだったようです。

カルグクスと縁のあるもう1人の人物が、朴正煕政権下の野党指導者であり、32年ぶりの文民大統領となった金泳三(在任:1993-1998)。政権発足後、自らがいかに質素な生活を送っているかをアピールせんとした彼は、大統領官邸での昼食を原則カルグクスにすると宣言。「官邸で庶民的な昼食をとる=清廉な政治家」という安直な思考様式がメディアから大いに嘲笑されました。

日々当然のようにカルグクスを食していた朴正煕と、それを食すと宣言することで庶民受けを狙った金泳三。

一方が軍事政権の独裁者、もう一方が民主化後の指導者。後者の方がより一層大衆受けを意識しなければならない立場にあったという背景の違いがあるとはいえ、両者の人間性が端的にうかがえるエピソードでもあります。

ともあれ、カルグクス。店によって中身や味付けが結構異なるのもポイント。

韓国へお越しの際は、是非、お試しあれ。
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2015.03.23 / Top↑
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渋谷区の初台にある新国立劇場で、同劇場バレエ団の公演を見てきました。

公演内容の一つ「トロイ・ゲーム」は、男性出演者の勇ましい動きと掛け声で始まるも、実はステレオタイプとしての「男性的な力強さ」をコミカルに風刺した作品。

昨年12月にパリのオペラ座で鑑賞した、バレエ作品としてはオーソドキシーに属するであろう「泉」とは対照的な、しかしバレエが表現できるものの幅広さを実感した、楽しい作品でした。


さて、昨年3月から1年余りをかけて執筆してきた新作が、このほど脱稿いたしました。

作品名は、『異邦人の土地』。主たる舞台は、1970年代のインドシナ(ベトナムおよびカンボジア)です。

<以下、あらすじ>

1979年、隣国カンボジアに攻め込んだベトナム軍の兵士、グエン・ズン・アンは、首都プノンペンでおぞましい光景を目にする。

学校の校舎らしき建物と、その建物の内外に散らばる無数の惨殺死体。

当時のカンボジアでは‘S-21’と呼ばれ、今日では「トゥール・スレン収容所」として知られる、政治犯強制収容所であった。

収容所内に入ったグエン・ズン・アンは、そこで散乱する死体を前に立ち尽くす一つの人影を目にし、その人影に銃を向ける。

だが、その人影の主たる男は、カンボジア人でもベトナム人でもなかった。彼は、中国人だったのである。

なぜ、解放直後のカンボジアの強制収容所に、中国人の男が立っていたのか?

それは、20世紀後半のカンボジアを諸外国の者たち、即ち「異邦人」たちが翻弄し、時に蹂躙してきた結果であった…。


<あらすじ、以上>

今年4月、ベトナム戦争は終結から40年を迎えます。しかし、ベトナム戦争の終結は、インドシナに平和をもたらすものではありませんでした。

ベトナム戦争終結の直前、隣国カンボジアではポル・ポト率いるカンボジア共産党が政権を掌握。権力を握ったポル・ポトは、反体制派やインテリなど、一説には100万人以上ともいわれる自国民を虐殺することとなります。

本作は、そうした時代のカンボジアを、ベトナム軍兵士と中国人工員という二人の主人公を中心に描くことで、国際的な視点から捉えようとするものです。

初稿時点での字数は51万強(文庫本換算1000ページ)。頒布価格は500円の予定。

4月19日の第一回文学フリマ金沢を皮切りに、5月4日の第二十回文学フリマ東京、および6月6日の第4回福岡ポエイチにて頒布する予定です。

それぞれのイベントで私・高森のブースへお越しの際は、是非、お手にとって頂ければと思います。
2015.03.16 / Top↑
2011年秋、私は神奈川県の某自治体が東日本大震災の被災地に派遣した市民ボランティアの一員として、岩手県陸前高田市を訪れました。

首都圏から陸前高田まで自動車で移動する場合、一関まで東北自動車道を走り、そこから気仙沼方面へ向かう一般道へと下りるのが一般的なコースとなります。私が乗ったバスも、同様のルートをとりました。

一関市から太平洋岸へと向かう一般道は、JR大船渡線とほぼ並行するルート。バスは、高速道路を下りてから目的地である津波の被災地まで、単線非電化である大船渡線の線路に沿うようにして走り、時折同線の列車に追い抜かれたり、或いはすれ違ったりしていました。

一ノ関駅から内陸部を東へ向かい、気仙沼駅から太平洋沿岸を北上する大船渡線は、2015年現在、気仙沼以北がBRTによって暫定復旧しています。その暫定復旧もまだ行われていなかった当時は、気仙沼駅付近を通り過ぎると、バスから見える線路の様子がそれまでとは一変するという状況でした。

路盤が流出し、レールが浮き上がった線路。崩落した橋桁。土台だけ残して解体・撤去された駅舎。

地震発生から1カ月ほどで復旧するができ、現に列車が走っていた気仙沼以西の様子と対照的な沿岸部の光景は、震災の一端を来訪者にまざまざと見せつけるものであったと記憶しています。

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そして、列車が走らなくなって数か月が経過した線路は、私たちのグループが作業場所として派遣された丁度その場所で、途切れていました。

2011年3月11日の地震、津波、および原発事故によって被害を受け、現在もなお長期運休状態にある鉄道路線は、3県にまたがり、その総路線長は100kmを超えます。

しかし他方で、この4年間、震災によって寸断された鉄道・道路の相当部分が復旧を遂げてきたこともまた、事実です。

去る1月には、常磐線の福島第一原発近隣の区間で、代行バスの運転が始められました。

来る3月14日には、石巻線の終点・女川駅が営業を再開します。

また5月30日には、仙石線が線路の一部を内陸へ移設し、全線で運転を再開します。

一瞬の災害によって途切れた鉄路は、少しずつ、しかし着実に復旧してきました。

そしてこれからも、その復旧作業は続くこととなります。

途切れたレールを、少しずつ、再びつなぎ合わせていくという過程は、甚大な被害を乗り越えようとする、この国の縮図ないし具現化と言ってもいいかもしれません。

激甚なる災害に見舞われた私たちの国は、少しずつ、しかし着実に立ち直ってきた。そしてこれからも…。


東日本大震災の発生から、明日で4年となります。改めて犠牲者の方々を追悼し、今なお困難の中にある人々を憶えるとともに、この災害に思いを馳せる全ての人々が各々の立場から成せる貢献をなし、更なる復興へと貢献できることを願ってやみません。
2015.03.10 / Top↑
昨日、川崎でテキスト系同人誌即売会‘Text-Revolutions’が開催され、盛会のうちに無事終了しました。

私・高森のブースも、『賢人支配の砂漠』が売り切れる好調ぶりでした。

当ブースにいらして下さった方々に御礼申し上げるとともに、完売してしまったために『賢人~』購入希望の方に作品をお売りできない場面がありましたこと、お詫び申し上げます。

今回のイベントでは、本ブログをお読み下さった方が私のブースへいらして下さるという場面もありました。私が過去に文学フリマでの購入作品について書いた感想を読んで下さったとのこと。ありがたい限りです。

本イベント‘Text-Revolutions’は今回が初の開催とのことでしたが、運営の方々の手際が非常に良く、初開催とは思えないほど円滑に進行がなされていました。運営に関わられた方々にも、心から御礼申し上げます。

今秋に都内で予定されている第2回も盛会となることを願っています。

まずは御礼まで。
2015.03.09 / Top↑
3月8日に川崎で開かれる即売会‘Text-Revolutions’まで、あと1週間となりました。

今回のイベントでの、私・高森のブース配置場所は「A-07」。以下の4作品を頒布します。


『賢人支配の砂漠』(2014年作)…頒布価格:300円
東京の大学で教鞭をとっていた在日韓国人三世の経済学者・鄭太植は、『在日』をめぐる左右両翼の論争に嫌気がさす中、中東・ドバイの大学から赴任のオファーを受ける。日本国内に留まることへの疲労感もあってそのオファーに応じた太植だったが、遊牧民の伝統を残すアラビア半島の部族社会は、やがて彼に「支配」をめぐる新たな考えを抱かせるようになる。
昨今の「アラブの春」にもかかわらず、絶対君主制を維持するアラビア半島諸国。その内面に目を向けることで、支配・統治のあり方の多様性を描き出します。

『赤道直下の海峡』(2009年作/2013年改訂)…頒布価格:300円
2008年、長期在外研究のためにシンガポールへやってきた若手政治学者・高木は、現地の友人を通じて旧知のインドネシア人女性から連絡を受ける。彼女との再会を通じて高木は、かつて自分が豊かな一党独裁国家・シンガポールに留学しつつ、その南方にある巨大な発展途上国・インドネシアの民主化に少なからず関わったことを思い出した…。
独裁者を追放しようとする無名の闘士たちの姿を物語にしつつ、彼らの力だけではどうにもならないマレー世界のエスニシティをめぐる現実をも描きました。

『帰るべき国』(2009年作/2012年改訂)…頒布価格:500円
1919年の三・一独立運動で両親を日本人官憲に殺された朝鮮人青年ファン・シンベクは、残された家族から父と母の志を継ぐよう説得される。しかし青年は、貧しさに甘んじながら大義のために命を懸ける道を退け、日本人資本の下で豊かな生活を手に入れる道を目指す。やがて青年は、日本資本の中国大陸進出に乗る形で天津へ赴くが、その選択は彼の人生を大きく狂わせることとなった…。
20世紀東アジアの政治諸変動が、多くの人々をして「物質的により豊かで、安寧な生活を送ること」を困難なものにしたという現実を浮き彫りにします。

『疎遠なる同胞』(2011年作)…頒布価格:500円
インドシナに派兵された韓国軍によって両親を殺されたベトナム人少女。身の危険を感じた彼女は、当時の南ベトナム首都・サイゴンへと逃れるも、避難先で食いつないでいくため、韓国人従軍記者に雇われ、この記者の下で生活することとなる。やがて、共産軍が南へ侵攻、サイゴン陥落が目前に迫った段階で彼女は…。
外国人の兵士に肉親を殺され、他方同じ国の記者と暮らすことで生き延びた少女の視点から、戦争最末期のベトナムを描き出します。国籍やエスニシティ、或いは国民性といったフィルターを介して世界を見ることの危うさを感じて頂ければ幸いです。


多くの方のお越しをお待ちしております。
2015.03.01 / Top↑