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先日開催された「第一回文学フリマ金沢」からまだ1週間にもなりませんが、5月4日に東京流通センターで開催される即売会・第二十回文学フリマ東京の告知をいたします。

なお、今年のゴールデンウィーク前半、私は私用でミャンマーを訪問しております。この訪問、実はかなりタイトなスケジュールが組まれており、現地での日程および帰路のフライトが予定通りコネクトしてくれれば余裕をもって東京へ帰り、文学フリマに出店できるのですが、場合によってはそれが難しいかもしれません…。帰京の途上で何らトラブルが起こらず、5月4日朝までに会場入りできることを願うばかりです。

第二十回文学フリマ東京における、私・高森のブース番号は‘D-04’。今回のイベントでは以下の4作品を頒布いたします。


『異邦人の土地』(2015年作)…頒布価格:500円 (新刊)

1979年、隣国カンボジアに攻め込んだベトナム軍の兵士、グエン・ズン・アンは、首都プノンペンで学校の校舎らしき建物と、その建物の内外に散らばる無数の惨殺死体という光景を目にする。そこは、当時のカンボジアでは‘S-21’と呼ばれ、今日では「トゥール・スレン収容所」として知られる、政治犯強制収容所であった。
収容所内に入ったグエン・ズン・アンは、そこで散乱する死体を前に立ち尽くす一つの人影を目にし、その人影に銃を向ける。だが、その人影の主たる男は、カンボジア人でもベトナム人でもなかった。彼は、中国人だったのである。
なぜ、解放直後のカンボジアの強制収容所に、中国人の男が立っていたのか…それは、20世紀後半のカンボジアを諸外国の者たち、即ち「異邦人」たちが翻弄し、時に蹂躙してきた結果であった…。
40年前にカンボジアで起こった大量虐殺を2人の外国人の視点から捉え、大国の利害の交差路としてのインドシナ半島を描き出します。


『賢人支配の砂漠』(2014年作)…頒布価格:300円

東京の大学で教鞭をとっていた在日韓国人三世の経済学者・鄭太植は、『在日』をめぐる左右両翼の論争に嫌気がさす中、中東・ドバイの大学から赴任のオファーを受ける。日本国内に留まることへの疲労感もあってそのオファーに応じた太植だったが、遊牧民の伝統を残すアラビア半島の部族社会は、やがて彼に「支配」をめぐる新たな考えを抱かせるようになる。
昨今の「アラブの春」にもかかわらず、絶対君主制を維持するアラビア半島諸国。その内面に目を向けることで、支配・統治のあり方の多様性を描き出します。



『半島と海峡の狭間で』(2007年作/2014年改訂)…頒布価格:300円

1970年代初頭、韓国大使館員として中華民国・台北に赴任したキム・ギョンナムは、当地で日米両政府が大陸・中華人民共和国に接近し、台湾の国際的孤立が高まるという緊迫した状況に直面する。国民党一党独裁下の台湾と、軍事政権下の韓国。反共を国是とする両体制を行き来する彼は、しかし同じ資本主義陣営に属するはずの日米が大陸の共産党政権へと接近していく中、自国の、そして赴任先の政治体制に少なからぬ疑問を抱く。やがてその疑問は、彼の外交官としての立場を危ういものにしていき…。
冷戦体制下の1970年代、日米両国と同じ西側陣営に所属していながら、大陸中国との修交という選択肢をとることのできなかった反共分断国家・韓国の視点を通じ、東西両陣営の対立がアジアに残した痕跡を描写した作品です。


『帰るべき国』(2009年作/2012年改訂)…頒布価格:500円
1919年の三・一独立運動で両親を日本人官憲に殺された朝鮮人青年ファン・シンベクは、残された家族から父と母の志を継ぐよう説得される。しかし青年は、貧しさに甘んじながら大義のために命を懸ける道を退け、日本人資本の下で豊かな生活を手に入れる道を目指す。やがて青年は、日本資本の中国大陸進出に乗る形で天津へ赴くが、その選択は彼の人生を大きく狂わせることとなった…。
20世紀東アジアの政治諸変動が、多くの人々をして「物質的により豊かで、安寧な生活を送ること」を困難なものにしたという現実を浮き彫りにします。


多くの方のお越しをお待ちしております。
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2015.04.25 / Top↑
旅行好きにとって、他人の旅行記を読むというのは楽しいものです。自分が行ったことのない土地を描いた文章を読むことは、しばしば好奇心を刺激してくれます。他方、自分自身も行ったことがある場所を描いたものであれば、自分と他人が同じ光景を見てどこまで異なった感想を抱いたのかを知ることができます。

その点に関連して、先日の文学フリマ金沢で購入した本の中に、特に面白いものが3冊ありました。


西東京電鐡『続・レチに逢いたくて』Blog: http://ameblo.jp/nishiden-toyoda/

タイトルにある「レチ」というのは「列車長(れっしゃちょう)」の略語で、一般に言う車掌のこと。

鉄道ファンの方によるチケッター(駅員や車掌が切符に押す改札用スタンプ)の集収録です。

私も自他共に認める熱烈な鉄道ファン(兼航空ファン)。18キッパーだった十代の頃、全国各地でチケッタ―を集めていたので、懐かしく思いつつ拝読しました。

車掌が車内改札の際に切符に押すチケッターをよく見てみると、車掌の所属する現業部署の名前が記されているのに気づきます。例えば、成田エクスプレスでは「東京車掌区」、札幌・釧路を結ぶ特急・スーパーおおぞらであれば「釧路運輸車両所」など。

それぞれの現業部署が担当する路線や列車は概ね固定されており、特急列車を管轄する上記2部署などのチケッターは珍しいものではありません。特に東京車掌区は国鉄時代、寝台特急・日本海を担当した大阪車掌区などと並び、特急乗務の多い花形車掌区とされていました。

が、普段車内改札を実施しない通勤電車のみを担当している車掌区のチケッターとなれば、そのレア度は急上昇します。この本では、そうしたレア度の高いチケッターの一つとして、京浜東北線・武蔵野線を管轄する浦和車掌区のものが紹介されています。

著者は、このチケッター入手のため、同車掌区管轄区間を走る臨時列車に乗り、見事その目的を達成しています。本書には、こうしたチケッター収録の経緯が取材記録としてまとめられており、楽しく拝読させていただきました。


風野湊『旅人よ立ち止まれ』『青と茜と砂漠の国』Website: http://feelingsky.web.fc2.com

『旅人〜』が世界一周旅行をされた際の、『青と〜』がモロッコ旅行をされた際の、それぞれ詩やエッセイをまとめたものです。

海外渡航歴37回+外国在住経験2年、一応3ヶ国語話者の私・高森ですが、未だ世界一周をしたことはなく、「半年かけて世界一周するなんて、よほど旅慣れているのだろう」と思いながらこれら2冊を購入したのですが、『旅人〜』の冒頭には、「これまでわたしはパスポートさえ持っていなかった」と…。

つまり、人生初の海外渡航で世界一周したのですね…。

加えて、著者の方は英語力もあまり高くはないとのこと。

著者は女性の方。私も、人生31年のうち29年をこの国で過ごしてきた経験から、「日本では男性よりも女性の方が思い切って外へ出て行く」と認識してはいましたが、ここまで思い切るケースも珍しい…。

ただ、個人的により関心を惹きつけられたのは、著者が中学生の頃、外国を「テレビや物語の向こう」「別領域」と認識していたこと、そして外国に対する「実感も経験も」ないまま、世界一周の初訪問国としてシンガポールへ向かったということ。

読み手である私は、政治色の強い家庭に生まれ育ったこと、また小学生の頃『映像の世紀』を夢中になって見たことなどもあり、十代の頃から自分の生活圏と異国を連続線上で結ぶことに抵抗感が皆無の人間でした。

つまり、著者は私と大きく異なる背景を持ちながら世界各地を旅行したことになります。

勿論、そういう事情ですから、物乞いの子供に小銭をせがまれ、厳しい現実を突きつけられたり、歴史ある建物が夢もへったくれもないほど観光地化されているのに幻滅させられたり…著者は旅の途中、精神的に相当なショックに晒されています。(同時に、それを文字に残せるところに、著者がそれらを乗り越えてきたことがうかがえます)

しかし、そうした著者の旅のエピソードからは、現実に目にした異国の文物を、一定のカルチャーショックを経ながらも認識し、理解し、そして従来自身が抱いていた異国へのイメージ(=「テレビや物語」の産物)と重ね合わせて行く様子が読み取れます。

すっきりとした読みやすい文体で綴られたその過程を追うことから見えてきたのは、人が異文化圏の現実の断片を紛争・軋轢を回避しつつ受容していく一部始終。

同じような心の揺らぎや動きは、恐らく海外旅行を繰り返すようになった頃の私も経験していたはず。ただ、私は「今まで行くのが容易でなかった場所へ出て行ける」という思いから、そうした異文化の吸収過程に無関心・無神経でありすぎたところがあります。留学経験者として学部生から「留学や在外研修に興味があるが、色々と不安があります」といった相談を持ちかけられる立場に身を置くようになったのに、「大丈夫、外国へ行ったってどうってことはないよ。どうにかなるって。平気平気。ああ、でも、不安はいらないけど用心は必要だからね。後は日本語が通じない世界を楽しんできな。そりゃあもう、言葉が違う世界ってホント面白いんだから」などという答えになっていない返答しかできないことに申し訳なさを覚える場面もあり…。

かつての自分も経験していたはずなのに、当時の自分はそれをさして重視もせずに流してしまい、そして今になって少々困っているもの。そう表現できるものが散りばめられて、面白い作品でした。

『青と〜』の方は、それからさらに時間が下った後の作品。最初の世界一周で一通り鍛えられた(?)様子の著者は、しかし他方で、『旅人よ〜』と同様、イメージと現実の乖離を丁寧な言葉で表現しています。

海外旅行経験者はもとより、まだ海外へ行かれたことのない方にもオススメの作品です。
2015.04.21 / Top↑
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一昨日東京から小松へ飛んだ際、小松空港で遭遇したカーゴルクスのボーイング747-8F。同社のルクセンブルク・小松線は週5便、しかもタイムテーブルが日によって大きく変わります。そんな中、名機‘ジャンボ’がヨーロッパへ向けて飛び立つ勇姿を目にすることが出来たのは幸いでした。

さて、昨日、金沢市で開催された第一回文学フリマ金沢が、無事に終了しました。

私・高森のブースは、お陰様で3作品中2作品が売り切れる好調ぶりでした。当ブースにお立ち寄り下さった皆様に、心から御礼申し上げます。

特に、新作『異邦人の土地』は、東京や大阪などでのイベントでお世話になっている方々を中心に御購入が相次ぎ、開場後1時間の時点で売り切れとなりました。以前拙作を御購入下さった方から「すごく面白かった」と感想を頂く場面もあり、著者としては嬉しい限りです。

ちなみに、新刊最後の1冊を買ってくれたのは、石川県庁に勤務する知人でした。金沢在住の知人が来てくれたことも嬉しかったですね。

また今回は、在日コリアンの学校で教鞭をとられているという方ともお会いしました。同人誌即売会に出店するようになって5年ほどになりますが、即売会場で韓国語を話したのは今回が初めてです。

イベント全体での動員人数は400人とのこと。初開催であること、および金沢の都市圏としての規模を踏まえれば、順当に行ったと言えるのではないでしょうか。

私自身が会場内を見て回った限りでは、諸事情で出店できなくなったのか、空席のブースがいくつか散見されましたが、ローカルの人々も一般参加者として数多く来場しており、個人的に抱いていた「在京・在阪のイベントを場所を変えて開くだけにはならないか?」という心配は杞憂に終わってくれたようです。事務局の皆様、お疲れ様でした。

改めて、イベント事務局の方々、及び当ブースにお越し下さった皆様に御礼申し上げます。

なお、今回のイベントでも、他サークルさんの本をいくつか購入したのですが、その中に特に面白そうなものがいくつかありました。それらについては、後日レビューをアップしたいと思います。

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最後に、金沢から東京へ戻る際に乗車した北陸新幹線「かがやき」の写真を。

車窓から見える靄がかった立山連峰は、神秘的な美しさでした。北陸には、今度の10月にも学会出張で出かけることが決まっているのですが、今から(お仕事とはいえ)次の北陸訪問が楽しみです。
2015.04.20 / Top↑
今度の日曜日、4月19日に金沢市で同人誌即売会「第一回文学フリマ金沢」が開催されます。

私・高森はブース番号「い-21」にて出店し、以下の3作品を販売します。


『異邦人の土地』(2015年作)…頒布価格:500円 (新作)

1979年、隣国カンボジアに攻め込んだベトナム軍の兵士、グエン・ズン・アンは、首都プノンペンで学校の校舎らしき建物と、その建物の内外に散らばる無数の惨殺死体という光景を目にする。そこは、当時のカンボジアでは‘S-21’と呼ばれ、今日では「トゥール・スレン収容所」として知られる、政治犯強制収容所であった。

収容所内に入ったグエン・ズン・アンは、そこで散乱する死体を前に立ち尽くす一つの人影を目にし、その人影に銃を向ける。だが、その人影の主たる男は、カンボジア人でもベトナム人でもなかった。彼は、中国人だったのである。

なぜ、解放直後のカンボジアの強制収容所に、中国人の男が立っていたのか…それは、20世紀後半のカンボジアを諸外国の者たち、即ち「異邦人」たちが翻弄し、時に蹂躙してきた結果であった…。

40年前にカンボジアで起こった大量虐殺を2人の外国人の視点から捉え、大国の利害の交差路としてのインドシナ半島を描き出します。


『賢人支配の砂漠』(2014年作)…頒布価格:300円

東京の大学で教鞭をとっていた在日韓国人三世の経済学者・鄭太植は、『在日』をめぐる左右両翼の論争に嫌気がさす中、中東・ドバイの大学から赴任のオファーを受ける。日本国内に留まることへの疲労感もあってそのオファーに応じた太植だったが、遊牧民の伝統を残すアラビア半島の部族社会は、やがて彼に「支配」をめぐる新たな考えを抱かせるようになる。

昨今の「アラブの春」にもかかわらず、絶対君主制を維持するアラビア半島諸国。その内面に目を向けることで、支配・統治のあり方の多様性を描き出します。



『半島と海峡の狭間で』(2007年作/2014年改訂)…頒布価格:300円

1970年代初頭、韓国大使館員として中華民国・台北に赴任したキム・ギョンナムは、当地で日米両政府が大陸・中華人民共和国に接近し、台湾の国際的孤立が高まるという緊迫した状況に直面する。国民党一党独裁下の台湾と、軍事政権下の韓国。反共を国是とする両体制を行き来する彼は、しかし同じ資本主義陣営に属するはずの日米が大陸の共産党政権へと接近していく中、自国の、そして赴任先の政治体制に少なからぬ疑問を抱く。やがてその疑問は、彼の外交官としての立場を危ういものにしていき…。

冷戦体制下の1970年代、日米両国と同じ西側陣営に所属していながら、大陸中国との修交という選択肢をとることのできなかった反共分断国家・韓国の視点を通じ、東西両陣営の対立がアジアに残した痕跡を描写した作品です。

文学フリマ金沢へお越しの際は、是非当ブースへもお立ち寄りいただければと思います。
2015.04.14 / Top↑
少々前の話になりますが、去る2月に明治大学から発行された『政治学研究論集』第41号に、私の本業での著作「新興高所得国における農村貧困層形成とその特徴:韓国の農家を事例として」が掲載されています。

1960年代以降、目覚ましい経済成長を遂げた韓国ですが、その急速な工業化の一方で、社会保障制度の整備は遅れ、「貧困層への福祉は仕事を与えること、老後の生活は子が支えるもの」という施策が1990年代半ばまで続けられました。

しかしこの政策は、不況で職がなくなり、また核家族化が進んで独居老人が増えれば、瞬く間に破綻します。本論文は、この政策の破綻が特に同国の農村部で深刻化していることを指摘した上で、それが公的年金制度の確立の遅れに起因するものであることを因果関係として分析し、後発国がこうした問題を回避するには、日本のような早期の国民皆年金実施が有効であると論じています。

この論文に続き、来る6月に北東アジア学会から発行される『北東アジア地域研究』第21号にも、私の論文「韓国における帰農政策とその促進要因」が掲載されます。上の『政治学研究論集』は国内各地の大学図書館に配布されておしまいですが、こちらは来年6月以降、国立情報学研究所のサイトCiNiiでオープンアクセスになる予定です。

こちらの論文は、韓国において、過去5年で10万人を超える都市住民が農村へ移住していること、および政府がそれを推奨していることを紹介した上で、しかしいくら政府が都市の人々に農村移住を呼びかけたところで、農村の経済水準があまりにも低ければ斯様な移住は起こりえないと指摘しています。そして、農業で生計を立てられる環境が既に整備されていることが、現代韓国で都市から農村への移住を支える要因になっていると論証しています。またこの論文は、これまでの人口移動をめぐる研究の多くが農村から都市への移動しか論じていないことを指摘し、人口移動研究の発展方向性をも提示しています。

なにぶん学術著作なので、ごく一部の方しか読まないでしょうが、こちらでもアナウンスしておきます。(一応記しておくと、私は小説同様、本業での学術論文も「素人が読んでも分かる」ように書いているつもりです)

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さてさて、去る4月3日に新宿の京王プラザホテルでTCS(Trilateral Cooperation Secretariat)主催の国際フォーラムがあり、そちらに出席してまいりました。

TCSとは、日中韓3カ国の政府間に設けられた常設の事務局で、3カ国の協力促進のために様々な交流事業などを行っている組織です。

そのTCSが初めて東京でフォーラムを開き、しかもその案内が私のところへ来たのが、丁度私のソウル滞在中だったということもあり、出席と相成りました。

ただ、韓国研究を生業にしている手前、この種の「北東アジアの国家間協力を進化させましょう」という会議にはよく出るのですが、その度に消化不良というか、不満に思うことが少々…。

この種の会議を主催される方は、よく「北東アジアの日中韓もEUのように相互協力を進化させるべきだ」という規範論を提示されるのですが…

「日本が韓国や中国とEUやASEANのような組織を作ったとして、それが日本人にとってどういう利益となるのか」という点が明示されないままでいることが多々あります。

今回のフォーラムでも、日本のパネリストがそうした議論に正面から向き合っていない場面が見受けられました。

私は、思想的には現実主義志向であり、「日本が韓国や中国と仲良くするべき」という理想主義的な考えとは無縁の人間なので、規範が先走る話を聞かされると「国民に具体的な利益がもたらされない国家間協力など、推進しなくてもいいではないか」と思ってしまうのです。(実際、学会などでそのように発言し、場の雰囲気に水を差したこともしばしば…)

アジア共同体のような言説が持て囃されるわけでもない時代です。この国で北東アジアの地域協力を追求する人々は、「隣国との協調」がもたらす利益をもっと具体的に提示するのが責務ではないのか?…今回のフォーラムは、勿論興味深い話を聞く場面も多々ありましたが、他方、そのような疑問を改めて抱かせる機会ともなりました。
2015.04.06 / Top↑