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来年7月に、札幌で文学フリマが開催されることが決まったようですね。まだ1年も先のことですが、北海道初開催となる文学フリマが順調に準備を重ねていき、盛会となることを願っております。

私も、札幌での文学フリマに出店できればと思っています。ただ、私は来年春に本業での『異動』を控えているので、その状況を踏まえた上で、最終的に出店申請するか否かを判断することになります。

文学フリマといえば、昨夜、今秋開催される『第二十一回文学フリマ東京』の出店申し込みが始まりました。こちらを含め、今年末までの私・高森の出店スケジュールは以下のようになっています。

9月20日 第三回文学フリマ大阪(出店確定)
10月10日 第2回Text-Revolutions(出店申請済)
10月25日 第一回文学フリマ福岡(出店確定)
11月23日 第二十一回文学フリマ東京(出店申請済)

さて、文学フリマ福岡の開催前々日(10月23日)は、明治大学における本年度の博士論文提出期限。来春の博士号取得を予定している私は目下、この期限を念頭に置きつつ、論文の加筆・修正作業を進めているところです。

論文の原稿そのものはゴールデンウィーク前に一通り書き上げており、現在は指導教授のコメントや、先日学内で開かれた発表会(通常、日本の大学では、博士号の申請者は学位論文提出に先立ち、自身の研究内容を学内で口頭発表する必要があります)での反応を踏まえ、原稿の加筆・修正に取り掛かっているところです。

これに並行して、来月以降11月まで1か月間隔で学会発表が続くこともあり、現在、小説の方は執筆ペースを落としております。そうした事情もありますので、上記の即売会はいずれも新刊の頒布はありません。ただ、今年4月に頒布を開始した『異邦人の土地』を中心に、これまでに好評を頂いた作品をいくつか出品する予定ですので、上記イベントへお越しの際は、是非、当ブースにもお立ち寄りいただければと思います。

最後に、学術著作公開のお知らせをしておきます。

昨年6月に北東アジア学会から刊行されたジャーナル『北東アジア地域研究』第20号が、今月初めにCiNiiでオープンアクセスとなり、同号に掲載された私の論文「1990年代韓国における農業政策の転換 : 親環境農業の農民間関係に対する影響」もオンラインで公開されました。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110009830323

1990年代の韓国で政府が有機農法など環境志向の農業を奨励した結果、高い技術力を持つ若手農家と、そうでない高齢農家との間で所得格差が広まったことを指摘し、環境志向の農業が、農民間の協調関係の弱体化や所得格差拡大をもたらすことを論証した論文です。

有機農業など環境保全を志向する農業は、日本では往々にして牧歌的な「スローライフ」の言説と結び付けられ、語られることが多々ありますが、現実はそんなに甘いものではない…という点を読み手の方に理解していただければと思っています。

なお、『北東アジア地域研究』誌には、今夏発行の第21号にも「韓国における帰農政策とその促進要因:人口移動をめぐるプッシュ=プル・モデルを参考として」と題した拙作が掲載されます。こちらも、来年夏にはオンラインで公開される予定なので、その際にはご案内したいと思います。
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2015.07.18 / Top↑
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先週末、インドネシアの首都ジャカルタを訪れました。

インドネシアを訪れるのは、韓国留学中の2009年6月、拙作『赤道直下の海峡』の取材としてマレー3か国(シンガポール、マレーシア、インドネシア)を歴訪して以来、6年ぶり。

上の写真は、ジャカルタ中心部に立つ独立記念塔、通称・モナスのバルコニーで現地の方に撮っていただいたものです。

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ちなみに、こちらがモナスの全体像。Monument Nasional(モニュメント・ナシオナル)の略でMONAS(モナス)。上の展望台からは市内が一望できます。

今回の訪問では、日本から現地へ譲渡された鉄道車両に乗る機会もありました。

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こちらは、ジャカルタから50kmほど離れたボゴールへ行く際に乗った電車。以前は東京の地下鉄千代田線を走っていた車両です。

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ボゴールからジャカルタへ戻る際に乗ったのは、元埼京線の電車。学部1年の頃、埼京線で通学していた者としては、大変嬉しい『再会』となりました。

さて、開発政策の研究を本業とする私にとって、インドネシアは思い入れが深い国の一つ。というのも、私が「開発と政治」というものに最初に興味を持つようになったきっかけが、1998年5月のスハルト政権崩壊だったからです。

当時、私は中学3年生。当然、緊迫するインドネシア情勢を、テレビのニュースや新聞を介して見聞きするしかできなかったのですが、同国の工業化を推進し、貧困削減に一定の実績を上げた『独裁者』の退陣は、私をして「開発独裁」に対する関心を強く抱かせるものとなりました。

スハルト政権崩壊を機会として抱いた私の「開発と政治」に対する興味関心は、一時的なものとはならず、その1年半後、スハルトをも上回る開発実績を上げた隣国の『独裁者』に触れる機会を持ったことで、現在に至るまでの人生を決定付けるものとなります。

元韓国大統領・朴正煕です。彼の開発政策に興味を持った私は、大学で東アジア政治を専攻し、そのまま大学院へ進学、現在に至っています。

少なくとも、メディアを通じてスハルト政権が崩壊して行く過程を目にしたことは、私が今の道に進む上で非常に重要な経験となったと言えるでしょう。

17年前、このジャカルタの街頭を埋め尽くした大学生が勝ち取った民主化と、それによって終焉を迎えたスハルト政権の功罪。今回のインドネシア訪問は、いわば自分の、研究者としてのバックグラウンドを改めて思い出す機会となりました。
2015.07.07 / Top↑