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去る10月に神戸で行った学会発表の議事録(=ポスターと口頭での発表内容をペーパーにまとめたもの)が、本日、学会主催団体のウェブサイトで以下の通り公開されました。

http://papers.iafor.org/submission32012/

日韓の農業団体が展開する反自由貿易運動を比較し、「日本の農協が自民党に強い影響力を持ち、貿易自由化を阻んできたのに対し、韓国の農業団体が同国政府の自由貿易協定(FTA)推進戦略を阻止できなかったのは何故か?」という疑問に対し、答えを提示する内容です。

日本と同じく、長らく保護農政を続けてきた韓国が、なぜ近年になって農政を改革し、迅速な貿易自由化に踏み切ることができたのかという疑問は、社会科学界隈でしばしば議論されてきました。

上記リンク先の議事録でも書いたように、この疑問に対する通説は「韓国では大統領のリーダーシップが強いから」というものですが、本研究ではこれに加え、「韓国では農業団体のロビー戦略が失敗したから」という点を指摘しています。

すなわち、日本の農協が選挙での集票など巧みなロビーを展開し、農政改革の本格実施を阻んだのに対し、韓国の農業団体は過度に教条的な反自由貿易思想にこだわった上、街頭デモなどインパクト重視の活動に偏り、大統領や国会議員への実質的影響力を強めずにいたため、農業市場の対外開放を阻止できなかったというのが、本研究の要点です。

後日発表予定の査読付き論文と違い、あくまで発表議事録であるため、論理的には詰め切れていない箇所が多いのですが、昨今の大統領弾劾発議の件にも見られるように、韓国は街頭デモの非常に多い国。そのデモの特徴や限界を見る上で、本ペーパーの議論は一定程度参考にできるのではないかとも思っています。

すなわち、韓国の市民団体は活発に街頭デモを行っており、そのインパクトの大きさにしばしば注目が集まるものの、政府や議会への影響力(ロビー能力)は、実はあまり強くない…韓国政治の研究者として資料分析やフィールドリサーチを重ねていると、そのように感じる機会が多々あります。本ペーパーで取り上げた農民団体も、あるいは昨今の朴槿恵政権の退陣を求める市民団体も、そうした桎梏から自由になりきれていないという点では共通しているかと思うのです。

そうした見立てが正しいのかは、現下の弾劾政局も視野に入れつつ、今後精査していきたいと思っています。

さて、2016年も残すところ半月となりました。

私にとって今年は、正規の授業科目や大学院生の学位論文の添削を担当するなど、本業で大きな変化を経験した1年となりました。

「名目上」の教員という色合いが強かった助手の時と違い、現在の自分は名実ともに(というか問答無用というか)教員の立場。論文添削を担当している大学院生から「お世話になっているので」とお茶を贈られる場面もあったりと、自分の扱いに戸惑いを覚えることも多々ありました。(さすがに院生からお茶をもらった際は「次からはこういうものはいらないですよ」と言いましたが…)

私の場合、専門分野の都合上、中国や韓国など、師を尊ぶ文化圏の学生と接することが多いため、「偉い人」にはなってしまわないよう特に神経を使っているのですが、他方で、先日開かれた職場のパーティでは、ある人から「あなたは偉くなるべきだ」とも言われました。曰く、これまで多くの投資を受けてきた以上は、偉くなる責任がある、と。

無論、日韓双方の大学から受給した奨学金をはじめ、自分に投下された資金や手間を無駄にしてはいけないと、常に意識してはいるつもりです。ただ、そうした意識と、尊大にならないという思いを両立させつつ、私が自身の教員としての立ち位置を固めるには、もう少し時間を要するかもしれません。

本年のブログ更新は、本記事を以って終了となります。今年一年、各地の即売会でお会いした皆様に、改めて感謝申し上げます。来年も、私・高森は2月の静岡文学マルシェを皮切りに、各地の即売会に出店する予定ですので、引き続きご愛顧頂けますと幸いです。

それでは、楽しいクリスマスを、そして、よいお年をお迎えください。
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2016.12.15 / Top↑
先週、今週と、二週続けて温泉旅行に行ってきました。

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先週は長野の湯田中へ、長野電鉄の特急(元小田急ロマンスカー)で、

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今週は箱根へ、今度は現役の小田急ロマンスカーで行ってきたのですが、こうしてメジャーな温泉どころを回ってみると、改めて(本当に「改めて」)実感することが一つ。

外国人のお客さん、増えましたね。

無論、新聞を読めば「インバウンド」という単語を日々目にする訳ですし、頻繁に海外に行く手前、成田の免税店の店頭にいわゆる「爆買い」向けの炊飯器がずらりと並ぶ光景も見ています。そもそも、この数年、私も都内で外国人旅行客の道案内や通訳をすることが日常茶飯事になっています。

ただ今回は、長野電鉄、小田急両方の列車内で外国人旅行客の方とお話しする機会があったもので、尚のこと、訪日旅行客のメジャー化を実感することになりました。

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さて今回の箱根旅行では、彫刻の森美術館にあるピカソ館を訪れました。

ピカソと聞いて、私を含む誰もがイメージするのが、人の顔の正面と側面が同一面上に描かれていたりという、「あの」作風。無論、彫刻の森にもそうした作品が数多く展示されていたのですが、作品に添えられていた解説や、そこから読み取れるパブロ・ピカソの生涯を丁寧に辿っていったところで、当たり前といえば当たり前、しかし重要な一点に気付かされました。

すなわち、彼は自ら意図してあのような作風に至ったのではなく、内なる自分との対話、周囲との相互作用、或いは社会情勢をめぐる考察の末、あのような作品を創出するようになったのだということ。

平たく言えば、彼は「俺の作風はこれだから」と自ら決め込んでいたのではなく、精力的に創作活動を続けた結果、一般に「ピカソらしい」と言われるような作品を作り出すようになっただけだということ。

もし彼が、「俺の作風はこれだから」と決め込み、自分に酔っていたと反実仮想するならば、現実の彼と違い、80歳を過ぎてなお精力的に創作に励み、作品の方向性や主題が不断に変わることはなかったでしょう。

その意味で、私はピカソの姿勢から、前週に訪れた湯田中・小布施にゆかりの版画家、葛飾北斎に相通ずるものを感じました。

本業で学術研究、趣味で文芸と、公私両面でオリジナリティが求められる活動に取り組んでいると、自分の「作風」がどんなものなのか、時として気になります。

ただ、そのあまり、自分で自分の作風を定義づけてしまえば、それは今後、自分の研究や作品が新たな方向へと発展していく道を閉ざしてしまう…今回の旅行では、そんなことに改めて思いを至らせることとなりました。
2016.12.05 / Top↑