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大型連休最終日にあたる5月7日に、東京流通センターで即売会・第二十四回文学フリマ東京が開催されます。

私・高森の出店ブースは「ウ-03」、会場2階の入り口近くとなります。

今回の販売作品は、新作を含む以下の2種類。多くの方のお越しをお待ちしております。

『国家を背負って』(2017年作)…頒布価格:500円
1979年、中越戦争が勃発。中国人民解放軍の侵攻を受けたベトナム共産党および政府は、同国人民軍を動員しこれに対処する一方、国会議員らも動員した対中非難のプロパガンダを展開していく。
そんな折、国会副議長の地位にあった古参党員グエン・フー・アンは、密かに党中央・書記長から呼び出され、「中国側が、第三国たるフランス・パリで我が方との交渉を求めている。有利な条件で停戦に持ち込むためにも、同志にはこの交渉に応じ、中国側との話し合いを進めてほしい」と打診される。これを聞き、一瞬、「外務省や軍の人間でない自分が、何故そのような任務を?」と疑問に思ったアンだったが、やがて書記長から、中国側の交渉担当者の名前を聞き、納得する。その人物は、若き日、パリに住んでいたアンが、ともに働き、ともに学んだ旧友だった…。
国籍の垣根を超え、親しく交わった者同士が、やがて各々の国家を背負う。現代世界において時に私たちが経験する事象を、ハノイとパリの2都市を舞台に物語にまとめた作品です。

『大陸と海洋の交差路』(2016年作)…頒布価格:500円
那覇を訪れた香港の文化人類学者・唐瑞延は、これまで自身の沖縄での研究活動を支えてきてくれた台湾出身の恩人・安麗生の職場を訪ねる。台湾政府の意向を受け、長年台湾と沖縄の交流事業に携わってきた麗生は、定年を迎えたこともあり、所属する政府系機関を退職することになっていた。
長年に渡る学恩に礼を言い、また麗生の日台交流への尽力をねぎらう瑞延。そんな彼に麗生は、「これは回顧録にも書かなかったことなのだけれど…」と、ある秘密を打ち明けた。曰く、台湾人として沖縄との民間交流を深めてきたはずの彼女は、実は沖縄本島で、沖縄県民として生まれたのだという。なぜ、沖縄県民として生まれた人物が、台湾人になったのか。その疑問を抱いた瑞延に、麗生は「台湾疎開のことは、御存知かしら?」と問いかける…。
太平洋戦争末期、1万人を超える沖縄県民が、当時日本領であった台湾へと疎開しました。しかし終戦後、彼らの疎開先は中国国民党の支配下に入り、そして彼らの故郷・沖縄はアメリカ軍の支配下に入ります。疎開先も、そして故郷も「日本」ではなくなった日本人疎開民。やがて彼らは米軍支配下の沖縄へ、すなわち中国からアメリカへ「帰る」ことになります。
戦中から戦後にかけての沖縄を、台湾の視点から描いた作品です。

なお、今度の大型連休、私は5月5日まで新作の取材でモスクワに出かけております。ペレストロイカを題材にした次回の作品、完成は1年近く先ですが、覚えておいていただけますと幸いです。
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2017.04.19 / Top↑
先日、フランスを舞台とした本年の新作の加筆・修正作業を終え、印刷業者への発注・入稿を済ませました。予定通り5月7日の文学フリマ東京を皮切りに、5月21日のCOMIC CITY福岡など、各地の即売会で販売することになります。こちらについては、後日、印刷業者より納品のあった段階で改めて告知したいと思います。

また本日、6月10日および11日に福岡市で開かれる即売会・福岡ポエイチの出店サークルが発表されました。私・高森は、2日目である11日に出店予定。2年ぶりのポエイチ、楽しみにしております。

さて、表題の件ですが、本業での職階が変わり、本日より3年間の任期で、明治大学政治経済学部助教を務めることとなりました。

「朝鮮戦争で最貧国へと叩き落とされながら、わずか一世代で中進国へと駆け上がった韓国の産業政策から、後発国への含意を導出する」ことを企図し、日本大学法学部の門を叩いたのが15年前。この数年でようやく学問的意義のある論文を書けるようになったばかりであり、業界的には「まだ、これから」という年齢・立場な訳ですが、その「これから」に向け、研究環境が整えられていることをありがたく思っています。

この「助教」というポスト、10年前の学校教育法改正で設けられた比較的新しい職階ということもあり、アカデミズム以外の業界の方とお話をしていると、しばしば「助教授」と混同されてしまうのですが、両者は異なる職階であり、

2007年の法改正以前の「助教授」=現行法下における「准教授」=英訳は概ねassociate professor
「助教」=「助手」の上、「准教授」よりも下に位置し、英訳は概ねassistant professor

と説明すればいいかと思います。

若手研究者同士で話していると、この「助教」のポスト、その位置付けは大学によって相当な幅があるようで、明治のように学内募集をかけ、応募者を選抜・審査するという形をとる大学もあれば、助手の中から昇格させる形をとっているところもあるようです。

業務内容も同様に大学や学部によりけりのようで、私の現所属先である明治大学政治経済学部の場合、その担当業務は比較的多く、学部の基幹となる必修科目の授業を担当するほか、留学プログラムなど国際交流事業にも従事することとなります。

これに伴い、同人活動にも一定の影響が出てきます。例えば今年の福岡ポエイチも、昨年のように出店を見送らなければならない状況にはなっていないのですが、2日間の会期のうち1日目の6月10日が特別授業の担当日と重なったため、1日目は福岡にいることが不可となっています。

もとより、本業に支障のない範囲では、今後とも小説の執筆・頒布を続けていきます。

今年は、私が太宰文学に陶酔し、小説を書き始めるという「中二病」(文字通り、本当に中学2年生のゴールデンウィーク明けのことでした…)にかかってから丸20年という節目の年。当時は小説書きという趣味がここまで長続きするとは、周囲も本人も思っていなかったのですが、気がつくと文学フリマでも常連と化し、ありがたくもリピーターになって下さっている方々もいらっしゃいます。

数か月前、同年代同業者の方と話をしていた折、「博士号をとっても就職できる見込みの少ない時代、『研究を続ける』ことを自分の中でどう位置付けるか」という、若手研究者の間ではよくある話題になったのですが、その時私は、自分に言い聞かせる意味で、「自分は博士号を取得するまでに日韓両国の大学から総額数百万円の奨学金を受給し、それ以外にも多くの『投資』を受けてきた。自分には、それに応える責任がある」と答えた記憶があります。

小説についても似たようなところがあり、「お金を出して自分の小説を買ってくれた人が延べ数百人いる以上、ここで筆を折る気にはなれない」という思いがあります。

来月頒布を開始する新作も、そうした意気込みを反映した部分が少なからずあるかもしれません。が、他方で、これまでの作品と同様、今作も「物語として純粋に楽しい」ものたることを最重要視しています。私にとっては初めてヨーロッパを舞台として描いた今年の新作、多くの方の手に渡ればと思っております。
2017.04.01 / Top↑