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本日までの5日間、次々回作の現地取材でイスラエルとパレスチナを訪れておりました。上の写真は、エルサレム旧市街の全景です。

2018年初夏の刊行を目指している、ソ連末期のモスクワを舞台とした次回作は、現在物語全体の4分の3にあたる、17万字弱を書いたところ。このタイミングでの新作取材は、少々早い気がしなくもないのですが、

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クリスチャンとしては、聖書に言うところの「ミルクと蜜が流れる地」へ行く以上、聖地ベツレヘムでクリスマスを迎えたいという思いがあり、この時期の現地取材となりました。

渡航直前、アメリカ政府がエルサレムをイスラエルの首都と認定する方針を発表したこともあり、周囲からはかなり心配も受けましたが、特に大きなトラブルもなく、無事に取材を終えることができました。

周知の通り、パレスチナは過去半世紀以上に渡って世界を揺るがしてきた係争地です。

私が最初に中東和平に関心を持ったのは、1995年11月、アラファトとの間でパレスチナ暫定自治合意を結んだ当時の首相イツハク·ラビンが暗殺された時のこと。

当時、私は小学校6年生でしたが、「映像の世紀」の影響を受け、政治に興味を持ち始めていた時期だっただけに、この事件がメディアで大きく取り上げられたことを鮮明に覚えています。

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テルアビブ市庁舎裏手にある、イツハク·ラビン·メモリアル。ラビンが凶弾に倒れた場所です。

当時、日本では「パレスチナ暫定自治合意を実現させ、ノーベル平和賞を受賞した」ことから、和平と結びつけて論じられることの多かったラビンですが、彼がアラファトとの間で結んだ自治合意は、それまでにイスラエルが占領した地域の施政権を所与のものとするなど、イスラエル側に相当に有利な条件を含んでいました。ある意味で彼の偉大さは、この、自分達に有利な条件をPLO側に受け入れさせたタフ·ネゴシエーターぶりにこそ見出だせると言っても過言ではないでしょう。

しかしそれは、ラビンの和平に関わる功績を否定するものではありません。パレスチナ側との和平を進めつつ、自国の権益を確保する。彼がそうした現実に根差した、そして卓越したリーダーシップをとらなかったならば、暫定自治合意は不可能だった訳ですから。

人よりも人生の早い段階で政治に関心を持ち、その研究を続けている私には、「十代の頃にこの人物のことを知ったことは、自分の中の大きな資産である」と言える政治家が何人かいるのですが、ラビンもその一人。軍人として名を馳せ、政治家としても大きな功績を残した彼の生涯は、「政治は人々に大きな災禍をもたらすが、その災禍を取り除くことができるのも政治である」ということを十代の頃の私に教えてくれました。その後学究の道に進んだ私は、東アジアを研究対象とし、貧困という、戦乱と並ぶ政治上の難題と向かい合うことになりましたが、ラビンが示してくれた教えは(まさにイスラエル国歌のタイトルと同じく)「希望」として、今でも私の胸に刻まれています。

来年春以降に書く小説では、その「希望」を一つの物語に紡ぎ上げたものをお示しできればと思っています。完成は大分先のことになりますが、ご記憶頂けますと幸いです。

なお、本年のブログ更新は今回が最後になります。1年間、札幌から福岡まで、全国各地の即売会で多くの方に出会えましたこと、感謝申し上げます。来年も1月21日の文学フリマ京都を皮切りに各地の即売会に出て参りますので、引き続きご愛顧のほど、よろしくお願い致します。
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2017.12.29 / Top↑
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一昨日、ロサンゼルスの東方130kmほどの場所にある町·カリフォルニア州リバーサイドで行われた研究会で、今年最後となる研究発表を行いました。写真の列車は、LAのターミナルであるユニオン駅からリバーサイドまで向かう際に乗った通勤列車‘Metrolink’。130km、日本でいえば東京から那須あたりまでの相当する距離の主たる移動手段が「通勤(commuter)」列車であるあたり、大陸的な距離感覚を感じますね…。

さて、今回の発表テーマは‘Agricultural Trade Liberalization in East Asia’(東アジアにおける農業部門の貿易自由化)。

今年初旬と、1年近くも前に発表申請が受理されていた研究会であり、発表内容も最新の成果を公表するというものではなく、むしろ今年1年の成果を総括するようなものになったのですが、土地柄ゆえヒスパニックの参加者も複数いて、彼らの出身地であるメキシコ、さらにはラテン·アメリカの農業事情を絡めたcall and responseから、東アジア農政について新しい視点を得られたことは、農政の研究者としては大変幸いなことでした。

さて、今回のリバーサイドでの研究会、先述のようにヒスパニックの参加者のほか、イギリスの大学でPhDを取得したばかりのインド人若手研究者や、旧ソ連·アルメニアの農業省研究員など、非常に多彩な顔ぶれとなりました。

こうした多様性に富んだ環境で研究発表を行うと、時として持っている情報や議論の前提条件に大きな隔たりがあり、「こんなことも知らないのか」と、説明を重ねることに煩わしさを覚える場面もあるのですが、call and responseを通じてその隔たりを埋める努力をしてみると、今回の発表もそうだったように、普段自分が取り組んでいるテーマについて、より広い視野からsomething newを発見することができたりします。

私にとって「多種多様な人間に囲まれると、煩わしいところもあるが、そこを億劫がらずに乗り越えた時、非常に大きなgainがある」という経験則は、20代半ばで韓国へ留学した際、留学先である高麗大学の国際寮で学んだもの。

自分の担当学生たちにも、国籍やエスニシティだけでなく、物事の好き嫌い、或いはジェンダー·アイデンティティなど、色々な面で違いを持つ人々と接することを億劫がらず、むしろ楽しんでほしい…現在、一応教壇に立つ者として、そんなことも思ったりしました。
2017.12.10 / Top↑