FC2ブログ
DSC_0002.jpg
先日、モンゴルのウランバートルへ行ってきました。モンゴル文化圏へ赴くのは、韓国留学中だった2010年2月に中国の内モンゴル自治区を訪れて以来。いわゆる外モンゴルにあたるモンゴル国を訪れたのは今回が初めてです。

東アジア政治を専攻している立場上、モンゴル出身の研究者や公務員とお会いする機会は多々あります。また内陸国であり、自国市場が極めて狭隘という不利条件を抱えるモンゴルの実務家たちが、かつて日本や韓国が達成したような経済発展を実現するべく、様々な方法を模索し、苦悩する場面にも幾度となく出会ってきました。

1月のウランバートルは、朝晩の外気温が-30℃、昼間でも-25℃ほどにしかならない極寒の土地。屋外をじっくりと歩いて回れる環境ではないため、上の写真に写っているチンギス=ハン広場にある

DSC_0005.jpg
チンギス=ハン像を見学し、

DSC_0008.jpg
チベット仏教の寺院を見学したにとどまりましたが、ソ連式の街並みが残り、キリル文字の看板が並ぶ中にあってアジア的要素が根を張る風景は、大変に新鮮なものがありました。

さて、上述したように、モンゴルは人口の少ない内陸国であり、経済発展の度合いにおいて周辺国に大きく遅れをとっています。所得分配も充分に機能してはおらず、実際、街行く人々を見ていても、今日明日食べていくのに困っている貧困層の人々は相当に目立ち、散策中、困窮したと思しき男性が私から金品をひったくろうとする場面にも遭遇しました(なお、このひったくりは、結局未遂に終わりました)。

発展途上国の貧困をめぐっては、世界銀行が基準として提示している「1日あたり1.9ドル以下で暮らしている人」がよく知られている一方、この基準が正確性を欠くという批判もしばしばアカデミズムでは耳にします。

私は経済学ではなく政治学に軸足を置いている立場であり、その論争に対してここで意見を述べることは差し控えます。ただ今回、極寒の途上国・モンゴルで貧しい人々の姿を見るにつけ、「1日あたり1.9ドル」という基準は、あくまで「目安」に過ぎないという思いは強く抱きました。

モンゴルの1人あたりのGDPは約3,500ドルであり、同じく人口の少ないアジア東部の内陸国・ラオスの約1.5倍の水準にあります。その経済水準ゆえ、以前こちらの記事でも書いたとおり、ラオスも周辺国に比べて低い成長パフォーマンスや深刻な貧困問題をに悩まされています。しかし、同じ「1日あたり1.9ドル未満で暮らしている」貧しい人々であっても、ビエンチャンの人々は夜寝る際に暖をとらずにいることが可能ですが、ウランバートルの人々は、その気候ゆえ、冬場は暖をとりながら一夜を明かさなければなりません。

私が研究対象としている韓国は、2010年代に入り、前世紀後半に自国が達成した経済発展の経験を後発国への援助に本格的に反映させるようになってきています。しかし、農村のインフラ開発支援プログラムである「セマウル運動ODA」などを見ても、援助相手国の貧困の実態を充分に把握できていないがために、ドナーの提供するプログラムが機能不全に陥った事例が見受けられたりします。一口に「途上国の貧困」といっても、そこには様々な地域差・特性があり、それを把握することが重要なのだということを、今回のモンゴル訪問では実感するにいたりました。
スポンサーサイト
2018.01.30 / Top↑
本日、京都市のみやこめっせで開かれた即売会、第二回文学フリマ京都に出店いたしました。

私、高森の作品は持ち込み22部が13時過ぎに売り切れました。

今回は、以前に文フリ大阪で拙作をお買上げくださったリピーターさんに、京都にお住まいの一見さんがともにいらっしゃり、これまで出店した中では最短の、開場後2時間での売り切れとなりました。お買上げくださった方々、並びに当ブースへお立ち寄り下さった方々に、心より御礼申し上げます。

次回の即売会出店は3月の文学フリマ前橋の予定です。こちらでも、多くの方のお越しをお待ちしております。
2018.01.21 / Top↑
miyazaki.jpg
昨日、宮崎を訪れ、宮崎大学農学部に附属して設置されている農業博物館を見学してきました。

旧制の農学校にルーツを持つ宮崎大学農学部は、稲や地鶏といった農産物の品種改良に長年取り組んできており、こちらの博物館では、その成果の一部を拝見することができます。

私自身の本業での専門は政治学。勤務先での所属も政治経済学部であり、自然科学的なアプローチから農学研究を行っている訳ではないのですが、院生の時から農政を研究テーマとし、かつ普段は政治経済学部のある都心のキャンパスではなく、農学部のある郊外のキャンパスに常駐しています。農作業や農作物についての知識が一定程度求められる立場でもあるゆえ、今回の農業博物館見学は、大変勉強になりました。

さて、1月21日に京都市のみやこめっせで開かれる即売会・第二回文学フリマ京都に出店します。

私・高森純一郎のブースは「え-39」。当日は以下2種類の既刊を頒布します。

DS17w17VAAA7qJ4.jpg
1つ目は、1970年代の、国民党独裁下の台湾を韓国人の視点から描いた『半島と海峡の狭間で』。

DS17w17U8AIl5qG.jpg
2つ目は、いわゆる「アラブの春」の時期のUAE・ドバイを在日韓国人の視点から描いた『賢人支配の砂漠』。

いずれも参考価格は300円で、「値引き交渉の余地あり」です。

多くの方のお越しをお待ちしております。
2018.01.13 / Top↑
明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

IMG_20180102_141645.jpg
昨年末から今年初めにかけて、青春18きっぷを使い、広島と鳥取をめぐってきました。

中国地方を訪れるのは、2013年9月に学会発表で島根県の浜田市を訪問して以来。

IMG_20180101_180432_hdr.jpg
元旦には宮島で4年前の前回訪問時と同様、鹿と戯れ、

IMG_20180103_112339.jpg
鳥取では温泉旅館に宿泊、砂丘を歩きました。私が砂丘を訪れた1月3日、鳥取市の天気は曇り時々雪、風は強め。砂の中を歩き、踝の辺りまで砂に埋まるというのはアラビア半島でも経験済みだったのですが、この「足が砂に埋まる」感覚を雪の降る中で味わうというのは新鮮なものがありました。

さて、今回山陽・山陰をめぐる中で立ち寄った場所に、こちらの駅がありました。

IMG_20180101_203542.jpg
JR可部線の終点で、昨年3月に開業したあき亀山駅。開業の際にはJRで初めて「一度廃止された路線が復活した」とメディアでも報じられた路線です。

広島市街地から北方へ延びるJR可部線は、元々は、

広島―横川―可部―河戸―三段峡

と、広島県内陸部の景勝地・三段峡まで伸びていた路線で、私も2000年末、高校生2年の冬休みに18きっぷで広島を旅行した際は、同線で三段峡を訪れました。

しかし、沿線人口が少ない内陸の路線を維持することは難しく、2003年、同線の可部―河戸―三段峡間は廃止されてしまいました。この時点で可部線は、

広島―横川―可部

との区間を走る路線になり、4年前の前回訪問時に私が可部線に乗った際も、広島市中心部を出た列車は、可部駅までの運転となっていました。

ただ、廃止区間のうち、可部―河戸の区間は市街化されていて沿線人口も多く、住民による復活運動も粘り強く行われました。その結果この区間は、旧河戸駅周辺に河戸帆待川・あき亀山という2つの新駅を整備し、

広島―横川―可部―あき亀山

とする形で、昨年3月に事実上の復活を遂げました。

「乗り鉄」歴20年以上ともなれば、「乗ったことのある路線が廃止される」ことも一度や二度ではなく、日本国内に限ってみても、この可部線以外に信越本線の横川―軽井沢間や新潟交通電車線など、いくつかの路線がその役割を終え、「過去のもの」になっていく光景を目にしてきました。そんな中、一度「過去のもの」となった路線・区間が再び役割を与えられ、現役に返り咲いたことには、鉄道好きとして嬉しいものがありました。

今年も、こうして国内外を巡りつつ、著作を刊行・頒布していきたいと思っております。何卒ご愛顧のほど、宜しくお願い致します。
2018.01.06 / Top↑