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9月から10月にかけては、各地の大学で秋学期が始まる時期であると同時に、国内外で学会が相次いで行われる時期でもあります。

私も、都合のつく限り学会発表の機会は多く設けるようにしているので、

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9月17日に東京の所属先で、

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9月24日にブダペストのCentral European Universityで研究発表を行い、続く9月30日には京都の立命館大学での発表を予定していたのですが、

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台風の影響で京阪神地区の列車が運休。それに伴い、研究発表は延期となりました。

当初の予定では、9月29日から30日にかけて学会に出席し、その後、先斗町にあるお気に入りの店で夕食をとってから帰京…などということを考えていたので、帰路として予約していた新幹線は台風のピークに当たって運休。幸い、京都駅近くに手頃な宿がとれたこともあって、京都滞在を1日延ばすこととしました。

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急遽時間の空いた30日は、午前中から昼過ぎにかけて嵐山へ。このところ、京都での周遊先は鞍馬・貴船や比叡山などの叡山電車沿線が多く、嵐電沿線を回ったのは5、6年ぶりでした。渡月橋は先日の台風21号で下流側の欄干が流失しており、先日、そして今回と相次ぐ台風被害に心を痛める場面もありましたが、初めて京都を訪れたというインバウンドの旅行客の方と話をする機会も得るなど、充実したひと時となりました。

その後、台風が通り過ぎた後の1日に東京へ戻ったのですが、このトラブルに起因する意図せざる結果ながら、

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開業記念日である10月1日に、東海道新幹線に乗ることとなりました。

1964年10月1日に開業した東海道新幹線は、今日では定員1323名の列車が10分おきに走り、繁忙期にはそれでも立席が出るという、まさに我が国の大動脈である訳ですが、「鉄道斜陽化」が「常識」として語られていた1960年代当時、世界銀行から融資をとりつけてまで500kmの高速鉄道を建設することには、世論の少なからぬ批判がありました。

以前の記事でも引用したことのある文言ですが、この批判に向き合ったある国鉄幹部は、新幹線開業の半年前に刊行された著書の中で、このように訴えています。

新幹線に対する評価は今なお一致していない。「そのうちに、新幹線の用地が高速道路に転用される時代が来る」という交通専門家もいる。そのような時代が来るか来ないかは、将来の実績が明らかにしてくれるだろう。

我々は今後長く利用されるものと信じて新幹線をつくったのである。十九世紀末に先人がこしらえた東海道線は、何十年後の今日、幾多の改良を経て、ますます大きな役割を果たしている。それと同じように、二十世紀後半の新幹線も、我々の思いも及ばないような革新を重ねながら、二十一世紀の将来においても国の大動脈として長い生命を持つことを期待したい。

(角本良平『東海道新幹線』中央公論社、1964年)

その後の東海道新幹線の歩みは、冷静かつ正確な現状認識に基づいて下された判断は、時に常識を覆すということを私たちに教えてくれます。そして私は、研究者という職に就いていることもあり、この「冷静・正確な判断は、時に通念を覆す」ことを、自らのモットーとしてきました。通念を覆すことが、「誰か」の利益になると信じつつ…。

そのモットーに基づいてこれまで書いてきた論文を、多少なりとも認めていただいた、ということになるのでしょうか。私は、この度所属学会の一つより「北東アジア学会優秀論文賞」という学会賞を授かりました。関係者の皆様に、心から御礼申し上げます。

もとより、地域研究の学会による、若手向けを意識した論文賞です。30代半ばにして、ようやく自分の研究が一定の価値を認められるようになったに過ぎない…と捉えるべきでしょう。より「上」を目指し、しかし同時に、先行研究に潜む通念に挑み、新しい「何か」を提示する自分の作業が「誰かの利益」になることを引き続き信じ、研究活動を続けていきたいと思っています。

<おまけ>
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昨日、静岡県の富士川橋梁を通過中の新幹線から撮影した車窓です。快晴に恵まれ、富士山がよく見えました。
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2018.10.02 / Top↑