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先週末、インドネシアの首都ジャカルタを訪れました。

インドネシアを訪れるのは、韓国留学中の2009年6月、拙作『赤道直下の海峡』の取材としてマレー3か国(シンガポール、マレーシア、インドネシア)を歴訪して以来、6年ぶり。

上の写真は、ジャカルタ中心部に立つ独立記念塔、通称・モナスのバルコニーで現地の方に撮っていただいたものです。

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ちなみに、こちらがモナスの全体像。Monument Nasional(モニュメント・ナシオナル)の略でMONAS(モナス)。上の展望台からは市内が一望できます。

今回の訪問では、日本から現地へ譲渡された鉄道車両に乗る機会もありました。

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こちらは、ジャカルタから50kmほど離れたボゴールへ行く際に乗った電車。以前は東京の地下鉄千代田線を走っていた車両です。

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ボゴールからジャカルタへ戻る際に乗ったのは、元埼京線の電車。学部1年の頃、埼京線で通学していた者としては、大変嬉しい『再会』となりました。

さて、開発政策の研究を本業とする私にとって、インドネシアは思い入れが深い国の一つ。というのも、私が「開発と政治」というものに最初に興味を持つようになったきっかけが、1998年5月のスハルト政権崩壊だったからです。

当時、私は中学3年生。当然、緊迫するインドネシア情勢を、テレビのニュースや新聞を介して見聞きするしかできなかったのですが、同国の工業化を推進し、貧困削減に一定の実績を上げた『独裁者』の退陣は、私をして「開発独裁」に対する関心を強く抱かせるものとなりました。

スハルト政権崩壊を機会として抱いた私の「開発と政治」に対する興味関心は、一時的なものとはならず、その1年半後、スハルトをも上回る開発実績を上げた隣国の『独裁者』に触れる機会を持ったことで、現在に至るまでの人生を決定付けるものとなります。

元韓国大統領・朴正煕です。彼の開発政策に興味を持った私は、大学で東アジア政治を専攻し、そのまま大学院へ進学、現在に至っています。

少なくとも、メディアを通じてスハルト政権が崩壊して行く過程を目にしたことは、私が今の道に進む上で非常に重要な経験となったと言えるでしょう。

17年前、このジャカルタの街頭を埋め尽くした大学生が勝ち取った民主化と、それによって終焉を迎えたスハルト政権の功罪。今回のインドネシア訪問は、いわば自分の、研究者としてのバックグラウンドを改めて思い出す機会となりました。
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2015.07.07 / Top↑
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