バングラデシュの首都・ダッカで日本人を犠牲者に含むテロ事件が起こりました。犠牲となった方の御家族に、心からお悔やみ申し上げます。

言うまでもなく、暴力に訴えて人々に恐怖心を与える行為は最大限に非難されるべきものであり、そこに共感や理解の余地はありません。

その上で今回は、普段から英語によるメディア媒体を通じて情報を摂取している者として、(特に目新しいことでも何でもなく、当たり前のことではあるのですが)少々思うところがあり、記事をアップロードしました。

私は通常、日米韓のメディアに加え、BBC Worldからも情報を摂取しているのですが、世界中に報道拠点を持ち、また高い取材能力を有するBBCは、インドやバングラデシュなど、南アジアの情勢についても普段から詳細な報道を行っています。無論、それは「旧インド帝国の宗主国」という意識が少なからず垣間見られる報道であり、決して鵜呑みにはできない代物ではあるのですが、少なくとも分量に関する限り、BBCの南アジア報道は豊富です。

そして、このBBCの報道に日々触れていると、今回のテロ事件が起こったバングラデシュで、ヒンドゥー教徒や世俗派の知識人に対して殺傷行為が行われたというニュースを毎日のように目にするようになります。

宗教の名を騙る暴力が珍しくないということになるのですが、後発発展途上国であり、貧しい人々の多い土地でこのような暴力を振るい、また正当化する者たちの主張には、大抵の場合、「自分たちムスリムは世界的にマイナーな立場へと追いやられ、虐げられている。その状況を打開するためには力の行使が許される」というロジックが埋め込まれています。

だからこそテロという古典的な手法に走ることになります。

無論、現実のところ、世界を見渡せばムスリム・コミュニティに対する差別や、西アジア地域をめぐる欧米諸国の御都合主義的な外交政策など、イスラム・ムスリムをめぐる理不尽な状況はそこかしこにあります。

ただ、今回のような事件を受け、イスラム圏やムスリムに対する敵対的な感情を持ってしまうことは、彼らの上述のようなロジックをさらに助長してしまうことに他なりません。

過日、イスタンブルのアタテュルク空港で起こったテロ事件について、BBCが「犯人たちはムスリムの国に、それも世界で最も愛されるムスリムの国の一つに銃口を向けた。彼らが果たして何者であるかは、この事実から容易に見えてくる」という意見を取り上げていましたが、今回の事件もまた、ムスリムの土地で起こした殺傷行為という点で、同様の指摘ができるでしょう。

それを踏まえた上で私たちは、イスラムおよびムスリムに対する尊重を維持しなければなりません。それは、寛容と秩序を重んじるムスリムとの共存という観点(私はムスリムの友人を何人も持つクリスチャンであり、この点もまた、非常に切実な問題です)から重要であるのは勿論のこと、今回の凶行を起こした者たちやその協力者に「自分たちは虐げられている」という口実を与えないという観点からも重要なことです。

今回のような凶行を犯す者たちは、一見すると狂信的なイデオロギーに追従しているように見えるのですが、その思想の根本の部分が「自分たちは弱者である」という、後ろ向きな前提に支えられた脆弱性を抱え込んでいます。その「自分たちは弱者である」という言い分に説得力を与えてしまうような言動を、私たちは絶対に回避するべきです。

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去る3月に訪れた、モロッコのカサブランカにあるハッサン2世モスクの写真です。イスラムに対する尊重の念を示すという意味を込めて、ここに貼り付けておきます。
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2016.07.04 / Top↑
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