既に国内外のメディアで報じられている通り、タイのラーマ9世プミポン・アドゥンヤデート国王が昨日夜、逝去されました。

私は3年ほど前、『近しき異邦人』という、ベトナム戦争時のインドシナ難民を題材とした小説を書き、即売会で販売したことがあります。

1970年代前半、共産化が不可避となったベトナムからはおびただしい人数の難民が流出し、そしてその多くが隣国・タイへと逃れました。このベトナム難民を皮切りとしてタイは、1970年代後半にかけ、カンボジア、ラオスといった隣国の共産化、内戦、そしてそこからの難民の流入という、国難と形容しても過言ではない不安定要因に苛まれることとなります。

しかしタイは、そうした困難を巧みに乗り越え、やがて1980年代以降、工業化によってシンガポールやマレーシアとともに「発展する東南アジア」を象徴する存在となっていきます。

タイが東南アジアで唯一植民地に陥ることなく、そして20世紀後半の相次ぐ困難をも乗り越えた上で、今日のように東南アジアのビジネス・ハブとなり、世界有数の観光大国へと発展していった過程。拙作『近しき異邦人』執筆の準備段階でその過程をサーベイした私は、その同国の安定と発展の重要な要素として、ラーマ5世ならびにラーマ9世という、歴代国王の優れた政治感覚が大きな役割を果たしたとする資料や証言を数えきれないほど目にしました。

私は、そうした国王の叡智と政治感覚に対する敬意として、2013年秋に拙作を刊行した際、その巻頭言に「聡明なる君主に導かれし偉大なる国家」という表現を用いました。

無論、その聡明さは決して万能ではなく、いくばくかの課題が次世代のタイ王室および国民へと引き継がれたことは事実です。

しかし、変化の時代にあって君主の過ちが国家の瓦解を招いた例が無数にある中、タイがそうした例に名を連ねることがなかったことを考えるとき、たとえ実際に行使された政治的権限が著しく限られたものであったにせよ、国王がその権威によって国の舵取りを担ったという功績は称賛されてなお余るものがあるといえるでしょう。

タイと関わりを持った者として、また東アジア政治という、同国と関連の深い領域を学ぶ者として、タイ王室ならびに国民に心から哀悼の意を表するとともに、東南アジアの中央に位置し、今なお内外の諸課題に直面するこの国が、前世代から引き継がれた叡智を駆使し、それらを乗り越えていくことを信じてやみません。
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2016.10.14 / Top↑
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