先週、今週と、二週続けて温泉旅行に行ってきました。

2016112815220000.jpg
先週は長野の湯田中へ、長野電鉄の特急(元小田急ロマンスカー)で、

2016112518300001.jpg
今週は箱根へ、今度は現役の小田急ロマンスカーで行ってきたのですが、こうしてメジャーな温泉どころを回ってみると、改めて(本当に「改めて」)実感することが一つ。

外国人のお客さん、増えましたね。

無論、新聞を読めば「インバウンド」という単語を日々目にする訳ですし、頻繁に海外に行く手前、成田の免税店の店頭にいわゆる「爆買い」向けの炊飯器がずらりと並ぶ光景も見ています。そもそも、この数年、私も都内で外国人旅行客の道案内や通訳をすることが日常茶飯事になっています。

ただ今回は、長野電鉄、小田急両方の列車内で外国人旅行客の方とお話しする機会があったもので、尚のこと、訪日旅行客のメジャー化を実感することになりました。

2016120415300000.jpg
さて今回の箱根旅行では、彫刻の森美術館にあるピカソ館を訪れました。

ピカソと聞いて、私を含む誰もがイメージするのが、人の顔の正面と側面が同一面上に描かれていたりという、「あの」作風。無論、彫刻の森にもそうした作品が数多く展示されていたのですが、作品に添えられていた解説や、そこから読み取れるパブロ・ピカソの生涯を丁寧に辿っていったところで、当たり前といえば当たり前、しかし重要な一点に気付かされました。

すなわち、彼は自ら意図してあのような作風に至ったのではなく、内なる自分との対話、周囲との相互作用、或いは社会情勢をめぐる考察の末、あのような作品を創出するようになったのだということ。

平たく言えば、彼は「俺の作風はこれだから」と自ら決め込んでいたのではなく、精力的に創作活動を続けた結果、一般に「ピカソらしい」と言われるような作品を作り出すようになっただけだということ。

もし彼が、「俺の作風はこれだから」と決め込み、自分に酔っていたと反実仮想するならば、現実の彼と違い、80歳を過ぎてなお精力的に創作に励み、作品の方向性や主題が不断に変わることはなかったでしょう。

その意味で、私はピカソの姿勢から、前週に訪れた湯田中・小布施にゆかりの版画家、葛飾北斎に相通ずるものを感じました。

本業で学術研究、趣味で文芸と、公私両面でオリジナリティが求められる活動に取り組んでいると、自分の「作風」がどんなものなのか、時として気になります。

ただ、そのあまり、自分で自分の作風を定義づけてしまえば、それは今後、自分の研究や作品が新たな方向へと発展していく道を閉ざしてしまう…今回の旅行では、そんなことに改めて思いを至らせることとなりました。
スポンサーサイト
2016.12.05 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://takamorijunichiro.blog.fc2.com/tb.php/215-e6e4e71f