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この一週間ほど、旅行でスペインを周遊しておりました。

国内外の近現代史を題材として長編小説を書く私にとって、スペインと言えば、何と言っても逢坂剛氏のスペイン内戦シリーズを連想させる国。

また、本業で政治学、中でも非民主的な国が多いアジアの政治を研究する者からすると、スペインは独裁者の標準像ともいうべき、フランシスコ•フランコが支配した国。(政治学では、ナチス•ドイツや北朝鮮のような支配イデオロギーの徹底した独裁を「全体主義体制」と呼び、その全体主義体制と民主主義体制の中間にある、支配イデオロギーの曖昧な独裁を「権威主義体制」と呼ぶのですが、フランコの独裁は、その権威主義体制の典型例と位置付けられています)

更に言えば、自身はプロテスタント教徒であるものの、イスラーム圏の人々と馴染みの深い身としては、スペインはナスル朝の滅亡までイスラーム圏に属した土地。

そういう訳で、今回のスペイン訪問では、

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マドリードのソフィア王妃芸術センターで、ピカソの「ゲルニカ」や内戦期の共和国軍のプロパガンダ•ポスターを鑑賞した他、

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コルドバにあるメスキータ大聖堂を見学しました。

メスキータとは、スペイン語でモスクという意味。元々この大聖堂はモスクとして建てられ、カトリックによる国土回復運動、いわゆるレコンキスタの後にカトリックの礼拝施設へと転用されたという経緯を持っています。

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そのため、鐘塔はモスクの尖塔•ミナレットの転用であり、

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聖堂の内装もモスクの色合いを強く残しており、また奥には、メッカの方向を示す窪み、ミフラーブも残っています。

さて、このメスキータ大聖堂の回廊を歩いていたところで、私はふと、高校生の頃、世界史の授業でお世話になった先生のことを思い出していました。

その先生は、学部在籍中に教員免許を取得されたものの、卒業後すぐに就職するのではなく大学院へ進学、後期課程を満期退学された後に高校教員になったという方でした。

大学院在籍時の専攻は中世ヨーロッパ史、中でも前述のレコンキスタや、レコンキスタと関係の深い第四回十字軍の史料検証を研究テーマにされていたのだそうです。

当時、私のいたクラスでは世界史の選択履修者は私を含めてもわずか3人、しかもそのうち私は、大学受験科目では政治•経済を選択する立場でした。そういう特殊な環境も作用したのでしょう。私立高校の進路指導強化学級にあってその先生は、大学入試の対策もさることながら、「大学に入った後」を見据えた指導をしてくださいました。

定期試験は高校の社会科にありがちな一問一答形式ではなく、罫線だけが引かれた解答用紙に小論文を書いていく論述形式でした。そして、レコンキスタや十字軍の項では、御自身が翻訳された教皇ウルバヌス2世の演説文を副教材として配り、当時のバチカンの狙いが教勢の回復ではなく、収奪を通じた財宝の獲得にあったのだということを示しながら、「教科書の説明は必ずしも正確ではない」のだと教えてくれたものです。

その先生は、高校の頃から研究者志望だった私に、「おまえは人前で話ができるし、文章も書けるのだから、是非頑張るように」と言ってくださり、また卒業アルバムにも、「期待される人間になれ」と書いてくださいました。

高校卒業から15年が経った今、自分がどこまで「期待される」だけの人間になっているか...東京から1万km離れたイベリア半島内陸の町で、そんなことを自問したりもしました。

(おまけ)
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マドリードから高速列車で1時間の場所にある町、クエンカ。断崖絶壁の上にせり出すようにして旧市街が広がっている都市ですが、「水曜どうでしょう」ファンにとっては、2006年ヨーロッパ20か国制覇の旅に登場したことで知られる場所でもあります。先般ロケが行われたという新作、楽しみにしています。
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2017.03.09 / Top↑
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