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4月27日から5月5日まで、次回作の下調べでロシアのモスクワとニジニ•ノヴゴロドを訪れておりました。

これまでもユーラシア大陸の横断にアエロフロートを使うことが何度かあり、モスクワへはトランジットで立ち寄ることがあったのですが、観光ビザを取得し、ロシアでまとまった日数を過ごしたのは今回が初めてでした。

モスクワでは小説の「ロケハン」の傍ら、

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赤の広場での観光や、

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ボリショイ劇場でのバレエ鑑賞(演目はショスタコーヴィチの『黄金時代』でした)を楽しんだのですが、その過程でも、

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レーニン像や、

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スターリン様式の建物、

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壮麗な地下鉄のホームなど、ソビエト連邦の名残を目にする場面は多く、自分が小学生の頃、テレビのニュースで崩壊の様子を目にしたソ連が、この土地にかつて存在したのだと実感しました。

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モスクワに続いて訪れたニジニ•ノヴゴロド。ソ連時代はマキシム•ゴーリキーの出身地であることに因んでゴーリキー市と呼ばれ、かつ軍需工業が盛んであることから外国人の立ち入りが制限された閉鎖都市だった場所です。

上の写真の通り、高台から眺めるヴォルガ川の景色は美しく、また州立美術館にはエカチェリーナ2世の肖像画など、注意を引く展示が数多くありました。旧東側の都市圏の多くと同様、交通機関はよく整備されており、旅行中、特に不自由を感じることもありませんでした。

ただこの都市では、モスクワに比べて低い英語通用率、量的には充分でも、質的には向上の余地を多く残したインフラ整備状況、また極めて低い物価&所得水準と、この国におけるモスクワの地位の「別格」ぶりを感じる場面も多々ありました。ソ連時代、対外的なショーウィンドーであったモスクワとは異なる土地に住んでいた人々の暮らしがどんなものだったのか…この点は次回作のストーリーの核になる予定です。

次回作の完成は来年春と、だいぶ先のことになりますが、記憶に留めておいて頂けると幸いです。

総じて今回の旅行は、現地で多くの方の親切に助けられる場面の連続であったように思います。英語を話さないながらも、スマホの翻訳アプリを使って道案内をしてくださった方、広いターミナル駅でエレクトリーチカ(中距離電車)の乗り場を教えてくださった方、「スタンツィア•メトロ(地下鉄の駅)へ行きたい」という私に、「ここなら駅入口の正面だから」と、本来停留所ではない場所でバスを止めてくれた運転手さん。そうした親切をありがたく思うと同時に、自分もその「借り」を、様々な場所で僅かながらも返していければと思っています。
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2017.05.06 / Top↑
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